1/12/2003

『イノセントギア』

【BL系ショートストーリー】

ソルカイダイジェスト(笑)。
GGにハマり始めた頃の駄文を加筆修正しました。
色々と矛盾点があったので。(まだ変な箇所が)

「イノセントギア」はソル中心エピソードのシリーズ物ですが、
UPするのは多分コレ限りでしょう。

*-*-*-*-*




 戦死。
 それは大切な仲間や友との別れを運ぶ言葉だった。
 人生の殆どを戦いに捧げたカイにとって、これが日常だと表しても過言ではない。
 一人。また一人。
 失う事に慣れていくごと、カイの感覚は麻痺するように凍り付いていった。




「お前には……勝てないのか……ッ」
 何度目だろう。
「坊やは寝てな」
 紅蓮の炎を思わせる赤い背を向け、男はまた去って行く。
 待て。引き留めようとしたが、男から受けた傷の痛みに膝を付き、意識を失ってしまう。
(チッ……無茶しやがって)
 カイが倒れたのを一瞥し、男は舌打ちした。
 何故だ。
 何故、俺の後を追う。
 自分はすでに人間ではない。ギア・プロジェクトに関わった時から、男は人ではなくなっていた。人を遥かに凌ぐ強靭な肉体。事実上の不老不死。得たものの代償は余りにも大きかった。殺戮と憎しみと悲しみと……。旧科学の衰退。魔法科学の確立。自ら「正義」と名乗るギアの完成体。多くの戦災孤児達。日本列島の消失。聖戦。億を超える人々の命が奪われた。
 男はその双眸に全ての悲しみを映し、戦い続けた。
 時の流れに沿って己を知る者が減っていくのを逆に利用し、本名を捨てた。
 敵が正義なら。あえてバッドガイ──「悪漢」と名乗った。
 百五十もの年を生きたという事実だけでも、人ではない証拠だろうに。見馴れた対戦相手からは、既に化け物扱いされているというのに。
 何故、人間なのに彼だけは……カイだけは自分と対等になりたがるのだろう。
 自分の二の舞を誰にも演じさせない為に、ギアを求めて狩る背徳の炎──ソルにとっては、カイの行動が不可解で仕方なかった。もし彼の望むように本気を出せば、人間のカイなどとうに命を落としている。そこまで理解できぬほど、自分もカイも馬鹿ではないはずだ。
「……さ……ま」
「あぁ?」
 ふと、カイが言葉を発したことに驚き、ソルは振り返った。
 まだ意識があったのか。
「クリ……フ様……」
 同じく戦いによって失われた英雄の名だ。カイはうわ言を繰り返した。
「……ったく、世話焼かせるんじゃねぇ」
 バットガイと名乗ろうとも、本質は悪人ではない。
 このまま放置しておくのも後々胸苦しいので、もう一度向き直ったソルは細身のカイを軽々と抱き上げた。
「クリフ様ぁ……」
 ──涙?
 声は震え、長い金色の睫毛を割って大粒の涙が白い頬を伝う。
「ジジイはくたばったろ、オイ」
 さすがのソルも、カイの幼児退行にも似た泣き顔に狼狽を隠せない。
 悪夢にでも魘されているのだろうか。華奢な腕からは意外なほど強い力で、ソルの首にしがみ付いてきた。
 その行動が、あまりにも「当時」に酷似していたので……ソルは噴出すのを堪えるように口の端を上げる。
「あの頃から全く成長してねぇな」
 だから坊やなんだよ。
 今わざわざ目覚めさせる必要もないだろう。簡単な傷の治療を施し、カイを連れてその場を去った。




「しっかりしろ!」
 深手を負った戦友を抱き起こす。
「カイ……お前は、生きろ……」
「まだ戦いは終わってない、アシュト!」
「後ろッ──」
 聖騎士団員アシュトは、渾身の力を込めてカイを突き飛ばした。
「グアアアアァーッ!」
 カイが遠ざかった刹那、手負いのギアは咆哮と共にアシュトを踏み潰し、鈍い音と鮮血が地面にめり込んだ。
「アシュトぉお!」
 それは、聖戦末期の頃。
 人間とギアとの死闘は熾烈を極め、国連直属の軍隊「聖騎士団」はジャスティスを次元牢へ封じ込める為に必死で戦った。
 亡骸すら拝めない死者も多かった。
 カイがギアを倒す理由は、己を庇って死んだ戦友の復讐も含まれていたのかもしれない。
「よくも……!」




「よくも父ちゃんを見殺しにしたな!」
 合同葬儀の最中、カイは一人の少年に長衣の端を掴まれた。
 今回の戦いで父親を失った、哀れな少年だった。
「お止めなさい、ジョン! 聖騎士様、息子の無礼をお許し下さい」
 すぐに母親が駆け付き、息子を抱きしめるとカイに謝罪した。
「私の方こそ……力不足をお許し下さい」
 カイはその場に跪く。
「わああああぁん!」
 ジョンは大声で泣き喚いた。
 父親を失う幼い子供。痛いほど、気持ちは解る。
 だが、カイには泣く子供が苦手だった。
 自分の立場は、泣くことすら許されなかったのだから。
 ちょうどジョンほどの年齢に達する頃には、既にカイは戦場を駆け巡っていた。
 「HOPE」──泣いている場合ではない。戦え、カイ=キスク。
 戦死なくして終戦は、平和は有り得ない。
 泣いている場合ではない──




 後にカイは聖騎士団長の地位を引き継ぎ、ジャスティスの次元牢への封印、そして完全な殲滅でもって、ついに永きに渡る戦争に終止符が打たれた。
「ジャスティスを倒したぞ!」
「戦いの終結だ!」
 皆が喜びと感動で満たされる中、カイは一人の人物を探していた。
「クリフ様?」
 雑踏の中で恩師とも言える人物は見当たらない。
「クリフ様は、名誉の戦死です」
 その言葉を聞いたのは、それからすぐのことだった。
「………!」
 カイは呆然と立ち竦んだ。
 そんな、そんなまさか!
 団長の座をカイに譲ってからも、恩師の戦闘技能は健在だった。
 負けるはずない。必ず、生還すると信じていた。
 そして、互いに平和への喜びを分かちあうはずだった。
 なのに……。
「探しましたよ、クリフ様」
 誰もいない夕暮れの墓地にて。カイは「クリフ=アンダーソン」の名が刻まれた墓標に花束を捧げた。
 また一人。
 戦いは、心身に切り裂かれる痛みを残していった。
 それが当然だと言い聞かせ、カイは泣かなかった。
 だが周囲に人影がない事を確認すると、クリフの墓標を胸に抱き──初めて涙が溢れていた。
「……っ……うぅ……わああぁ……ッ」
 泣いて泣いて、張り詰めた糸が切れるように、子供のように声を上げて泣いた。
 事実、彼は当時まだ成人の儀式も済ませていない子供に過ぎない。周囲から尊敬の眼差しを受け、細い腰には不釣合いなほど大きな「HOPE」の文字が、実は彼を縛り続けていたのだ。
(こんな姿、アイツにだけは見られたくない)
 ソル=バッドガイ。
 そう、奴にだけは。
 幾多の戦場に姿を現しながら、後には必ず健在たる姿を見せる男。
 何度死に別れたと思ったか。
 しかし、追えば必ず見付かるが、追い付いた試しはない。
 「FREE」彼の腰にも刻印があった。
 正義や希望、理想に縛られるカイとは対照的な存在。
 無意識に「FREE」に憧れる己を律し、健気に人々の「HOPE」であり続けようとするカイには、男の存在はさぞ疎ましかったに違いない。そして自分を知る者を大勢失ったカイにとって、圧倒的な強さを誇るその存在はどれほど羨望に映ったことか。
 拒否反応としてソルに対抗意識を燃やし、規律を守らない男と対立を繰り返した騎士団時代。周囲とは一線引いて、遠慮と妥協と作り笑いを知り大人ぶっていた自分。それでもソルの前だけでは、本来の素直に感情を表せる子供でいられたという事実に、カイ自身は気付く由もなかった。
 泣かない子だ、強い子だ、と誉められた少年カイ。笑っていれば、周囲の人間も笑顔でいられる。自分が強ければ、大好きな人々の笑顔を守れる。
 だから──だから、弱い自分を見せたくなかった。
 いかにも子供らしい、つまらない意地に過ぎなかった。




 クリフの斡旋でソルが聖騎士団に入団したのは、ギアを手っ取り早く駆除する為の策だ。だが、規律と任務に雁字搦めにされた騎士団の生活は、大雑把な男にとっては窮屈この上なかった。
 カイとの出会いはこの頃である。
 誰もが閉口するほど堅苦しい生活の中、嬉々として任務を遂行する人物を見掛けた時、ソルは彼が本当に人間であるのか疑った。
 女性のような中性的な美貌の、あどけない少年。見事な金髪と白い肌、アクアブルーの大きな瞳は、男女問わず人目を惹く。正直、騎士ではなくただの飾り物かと思った。
 ところが。
「ここは禁煙ですよ!」
 中庭で煙草を吹かしていたソルに、不機嫌そうに注意を投げ掛けたのは、金髪の天使カイであった。
「またサボりですか? いい加減にして下さい」
 子供な上、目の保養にしか使われていなさそうな少年の高い声が、規律を守れとソルを促す。
「生憎、お子様には用はねぇ。お飾りらしくさっさと戻んな」
 まるで子猫でも追い払うように片手を振ったソルの手前、カイは怒りの感情を露にした。
「私は次期聖騎士団長候補、カイ=キスクです!」
「はあ?」
 こんな、か細くて綺麗なお人形が、次期団長だと?
 ソルはやれやれと頭を掻いた。
「そこまで堕ちたか、聖騎士団は」
「なッ……これ以上の侮辱は許さない!」
 カイに剣を構えられ、半ば呆れながら剣を交えたソルだが、予想外にカイの戦闘力は高かった。
(ただの人形じゃないって事か)
 ただし、「人間にしては」。
 人外の力を持つソルに比べれば、自身が開発した制御装置を最小に調整して、やっと試合になる程度。せめて「人間として」相手してやろうとしたが、手加減するのは想像以上に体力を消耗する。
 以来、ソルはカイとの対戦を避けた。敵でも賞金首でもない人間を殺す悪趣味な真似をするつもりはなかったからだ。
 その件で二人は何度衝突しただろう。手加減されていると悟ったカイは「加減の必要は無い」と一方的にソルに突っかかった。
「うざってぇ」
 弱いくせに、すぐむきになる。勝てば「これで勝った気になれと言うのか」と不服を洩らし、負ければ「何故なんだ」と真摯な瞳で訴える。一体何が不満で、どういう結果を望んでいるのか。考える前に、いい加減痺れを切らしたソルは、聖騎士団の宝剣「封炎剣」を盗むと──否、取り返すと、足早に騎士団から姿を消した。




 聖騎士団を抜けた後も、ソルは常に歴史が動く瞬間を陰で見守ってきた。
 次元牢の疲弊からテスタメントの計らいによって完全体ギア・ジャスティスが復活し、悲しいかな人に創られたジャスティスが再び人の手によって葬られようとする時。
 留めを刺したのはソルだった。
 それは自分自身に対する決着でもあった。
 残るは、己をプロトタイプギアに改造した人物=悲しき兵器ジャスティスを生み出した人物「あの男」を始末するのみ。
 ギアは、人の罪そのものだ。
 だから、殺す。
 これ以上、悲しみを広げないように。
 一粒の悲しみは波紋のように広がっていくから。
 己の全身全霊を込めて、ギアを撲滅させる。
 それまでは、決して死ねない。
 そうして五年もの歳月が流れる内、偶然にもソルは戦没者の合同葬儀の現場に足を運んでいた。
 夕暮れ時に墓場を目指すカイの姿。
 そこで──初めて、その泣き顔を見たのである。
「クリフ様……アシュト……カルロック……レオニス……っ」
 カイは、共に戦った友を非情に忘れたわけではなかったのだ。
 犠牲者の名を一人ずつ、慈しむように言葉に出し、冥福を祈り、泣きじゃくっていた。
 ここでソルが姿を見せようものなら、すぐ逆上して怒るのは明らかであったから、男は木陰に隠れたまま動かなかった。からかう気はなかった。
 騎士たる者は常に高潔に。誇り高く勇猛に。弱きを助け、悪を挫く。
 聖騎士団時代に何度となく耳にしたスローガン。騎士として、カイは模範だ。
「死ぬな……私を置いて逝かないでくれ……」
 なんて、優秀な騎士だろう。
 そして、なんて哀れな子供だろう。
 こんな可哀想な人間を一人でも減らす為、ソルはまだ戦う必要があった。
 封炎剣を携えた男は、自分に課せられた悲劇すら生き延びて戦う手段として利用する機転と柔軟性を備えていた。
 改造によって死ねないのを利用し、真の戦いが終わるまでは死なない。
 人体強化や不老不死は、日常の生活を受け入れられなかったが、戦い続けるには好都合だった。
 死なない。まだ、終わっていない。




 安宿のベッドに寝かされたカイは、男の笑い声を契機に目を覚ました。
「わ、私は……」
 目が霞む。視界が潤む。自分に何が起こった?
 ──私は、泣いていたのか?
 笑い声の主は、なお可笑しそうにカイに告げた。
「面白すぎるぜ、お前。未だ人前じゃ泣けねぇのか」
 半身を起したカイはその意図を察し、羞恥心と怒りに赤面した。
「ソル? これはどういう事だ!」
 状況を見る限りでは、ソルとの対戦の後──自分は負け、彼は気紛れで自分を介抱した──そこまでは容易に理解できた。
「何故、私を助けた?」
 深呼吸をして怒気を収めながら、カイは静かに問うた。
 が、答えは返ってこない。
 本当に気紛れだったのだろう。
「安心しろ坊や。お前より先にくたばってたまるか」
 嫌味な笑みでもって、ソルは宣う。
 それは、カイにとって望んでいた言葉でもあった。
「……全くだ。お前なら世界に終末が訪れても、しぶとく生きていそうだ」
 涙の痕を拭わぬまま、カイも破顔した。
 その炎は、時として激しく、時として穏やかに凍て付いた心を溶かしてゆく。
「何てぇ言われ様だ。ヘヴィだぜ」

 だから、カイ。お前は俺の後を追え。
 出来ることなら、真の戦いの終結まで。




-END-