2/05/2003

『BREAK OF DAWN』

【BL系ショートストーリー】

ギルティ未来の話。
カイが犯罪者という設定なのでご注意!

しかも謎だらけ…(秘密というか、ご想像にお任せ☆)
ゼクス稼動当初から温めていた長編の一部でして、
一応前後にもストーリーが存在します。
掲載まで懐で温めたまま腐ってました。(ぇ
ストーリー全部は書く気力も根性も無いので、
謎な部分は謎のままにしておきます。(逃

*-*-*-*-*




たき火も燃え尽きた頃
山高帽の紳士がやって来た
「ちょっと聞きたいんだけど、輝かしい未来はどっちだい?」

あるやつは東を指し
あるやつは南を指し
僕が岬を指すと
彼は海岸線をゆっくり歩き出した

本当は正しかったのか今でもわからない
誰が正しかったのか今でもわからない
全ては夜明け前だったんだ



 どうやら、ここは古い地下道の跡らしい。
 薄暗い空間で漸く目が慣れてきて、カイは周囲を見回しそう判断した。
 煉瓦をチューブ型に積み上げた構造。その表面はタール状の物が厚く付着して、放置されてから随分経過している事を物語る。澱んだ空気。雫の滴り落ちる音や小さな虫の羽音が壁を反響する。僅かな隙間から差し込む、地上からの弱い光。その質から光の正体は月明かり、つまり今は夜だ。
 目の前の男は、黙ってカイの怪我の手当てを続けている。
 無我夢中で走っていた時には頓着していられなかったが、負った傷は相当な数だった。男の的確な処置で出血は止まっているものの、寝かされたまま怪我と疲労で指先すら満足に動かせない。
 しかし、こうして助けられたとはいえ、この男とは面識がなかった。
 ──何者だろう?
 褐色の肌。彫りの深い顔立ち。ぼさぼさで濃い茶色の髪。赤に近い鋭い双眸。旅人が好んで着るようなロングコートを纏っているが、明らかに自分より大柄で逞しい体格。
 ──まるで、ソルみたいだ。
「………」
 馬鹿な。この場に及んでそんな暢気な発想に至った自分に呆れたのと、思い当たった人物が人物だけに、カイは秀麗な貌に不愉快な表情を浮かべた。
 男はそれを気に留める事なく、腰掛けて煙草で一服。火は法力で呼んだのか、無骨な手にライターはない。
 ──法力使いか?
 そこまで考えた時、ああ、まだ男に礼を言っていないと気が付く。
「……ありがとうございます」
 何故、助けた? 穏やかな口調の中にそんな響きを含ませながら。
 少し間を置いて、男がギロリと視線を向けてきた。
「まさか警察のトップが、警察に追われてるたぁな」
 返されたのは、あからさまな揶揄の言葉。
 カイは動じなかった。
 やはり、相手は自分の正体を知っている。
(少し派手にやってしまったから)
 無理もないか。と自嘲する。
 今のカイは、一人の背反者。犯罪者であった。
 警察機構の重鎮から裏切者への転落。普段、自分に恭しく接していた部下の態度が手の平を反したように豹変した。ゲゼルシャフトに所属する以上は当然の待遇だが、さながら下克上の快感に酔い痴れたような、自分を見下すあの醜い笑みに、絶望すら感じ吐き気さえ覚えた。それでも自分を心底信頼してくれる部下達もいて、裏切者に加担するのかと取り押さえられてもなお、彼らはカイの無罪を叫び続けた。カイは後ろ手に手錠を掛けられ連行される際、忠義な部下達に誓った。「必ず、助けに」と。
 切っ掛けは些細な事だった。もう、遠い事のようだ。
 そして牢屋に放り込まれて何日目だったか、収容所が何者かに襲撃され、建物に大きな損傷を受けた。ずっと抵抗はしなかったカイは、その騒動に便乗してついに脱獄。逃走中、危うい所をこの男に匿われた訳だが──それを手放しに善意と受け取るほど、世の中を甘くは見ていない。
 人を最初から疑うなど、カイの誠実な性格からすれば良心を酷く傷付ける真似だ。しかし、生き抜く知恵を身に付けなかった者には容赦なく死が訪れる。それが戦乱の時代に生まれ育った者なら誰しも本能に焼き付けられる現実なのだ。
「それで、貴方はどうしますか? 私を」
 間もなく自分の首には賞金が懸けられるだろう。そうしたら警察だけでなく、賞金稼ぎにも追われる破目になる。
 こんなご時世だ。屈強そうな体格と、法力を操る技能。怪我に対する迷いのない処置さえ。男が賞金稼ぎであっても決して不思議ではない。男にしてみれば、いかにも金になりそうな賞金首が目の前に転がっている状況。
「頃合いを見て、ギルドに首を差し出しますか?」
 無論、餌食になるつもりなどない。
 些か挑発めいたカイの質問に、男は答えなかった。静かに息を吸い込み、ゆっくりと紫煙を吐く。
「目の付け所は、悪くない」
 やがて、そう呟いた。
「だが、お前は目立ち過ぎる」
 男の言葉は短かったが、意味はすぐに理解できた。
 何が目立つのか。それは己の経歴、延いては人生そのもの。聖騎士団長、聖戦における英雄、国際警察機構の最高幹部。要するにカイは世界的な有名人という事だ。そして今は、その半生こそが足枷であると言うのだ。
「───!?」
 不意に脳裏を掠めた戦慄。
(何故?)
 先程よりも強く抱く懸念は、警戒心を煽った。
(この男、どこまで知っている?)
 自分をただの犯罪者や賞金首だと思われているだけなら、まだいい。しかし先程の男の言葉は、まるで全てを見透かしているようで。もし自分の行動の真意を知られているのなら──正直、非常に都合が悪い。
 この男は危険だ。
 焦燥。まだ身体の自由が利かない。──どうする?
 勿論そんなカイの様子を察するはずもなく、男は煙草を足元で捩じって消火すると、無遠慮に体に触れてきた。
 カイはそれを拒否するように、ビクリと身を震わせる。
 だが、男の行動は意外なものだった。片腕でカイの半身を起させ、もう片方で水筒と思われる容器を差し出す。
「飲め」
「え……」
 これにはカイも毒気を抜かれて、男を見上げた。
 表情が少し和らいで見えるのは気のせいか。
 呆気に取られて固まっているカイに、男はやれやれと溜息をついて水筒の蓋を開け、僅かに開かれたカイの口に少量の水を注いだ。
 冷たい水が渇いた喉を潤す。カイは与えられる水を無心に貪った。
 ──大丈夫。この人は敵じゃないよ。
 カイの中の奥底に潜む、幼い心がそう言った。
 敢えて例えるなら、それは立場や肩書きに縛られない本心。本来の自分。
 カイ本人よりも、寧ろ周囲の人間の方が気付いていただろう。
 この青年は、現状を冷静に把握し分析・判断する能力を有する反面で、子供のような何者にも侵し難い純粋無垢な心を持っている。
 だからこそ、本当はいつも傷付いている。いつだって悩み苦しんでいる。
「少しは落ち着いたか?」
 相変わらず無愛想な言い方だったが、宥めるようにも聞こえた。
 張り詰めた緊張が途切れ、安心した所為か。不覚にも涙が溢れる。
「おい……」さすがに男も慌てた。
「あ……すみません」
 何でもないんです、とカイは目を伏せる。
 貴方を疑って、すみません。
 今だけは、理屈より直感を信じることにした。
「………」
 もう一度、男を見上げる。
 男は何も言わず、再び水を与えてくれた。
 その顔立ちも、口調も。本当に「彼」そっくりで。態度まで似ていると言えば、何だか自己願望めいていて惨めな気分にさせられるのだが。
 確かに、同僚だった時代には傷を診てくれた事もあった。当時、規律は破るわ指令は無視するわ集団行動は乱すわ、とにかく彼には散々胃の痛い思いをさせられたが──肝心な所では結局、色々と手を焼いてくれた。謝礼しようものなら「後々ジジイが煩いからな」と返されて、「クリフ様に何て呼び方を!」などと言い合った頃が、酷く懐かしい。
 思わず、目の前にいる男の額に目を遣った。
 無造作に伸びた前髪の隙間に、想像した「刻印」は見当たらない。当たり前だ。
(何をしているんだ、私は)
 我ながら愚かだと苦笑する。
 今後の策を練るのが先だ。感傷に耽っている場合ではない。
 男はカイを敷かれた布の上にそっと横たえ、
「勝算はあるのか」
 唐突にそんな事を訊ねてきた。
「判りません」
 カイは心内を素直に打ち明けた。
 世界中を敵に回したようなものだ。手元に封雷剣もない。圧倒的に不利な条件下で、果たしてたった一人でどこまで成せるのか。男の質問に対して、確率的にはNOと答えるべきだろう。しかし、不可能と分かって潰れるような脆い決心なら、カイもここにはいない。
 時間も必要だ。人間の寿命など、たかが知れている。結果を目にするのは次の世代に委ねられるかもしれない。
 己がもっと強ければ。もっと力があれば。最後まで見届けられるほど長く生きられれば。
 彼──ソルのように。
(……いや、違う)
 思いを断ち切るべく、カイは首を軽く左右に振った。
 それは、ソルの「ギア」としての能力を羨んでいる事を意味したからだ。
 そんな事、思ってはならない。
 ギアとは、人類が生み出した禁断の生物兵器である。強靭な生命力と、自然生物を遥かに凌駕する戦闘力。本来の開発目的は表向きは不明とされているが、某先進国の軍事利用に始まり、その思惑を裏切るがごとく、自ら「正義」と名乗るギアの王ジャスティスが全人類に反旗を翻し──ギアは悪魔よりも恐ろしく無慈悲な存在となる。
 後の悲劇は語るまでもないだろう。
 しかし、あの時。悲しいかな人に創られたジャスティスが、再び人の手によって葬られようとする時。ジャスティスの骸の前で立ち尽くすソルの額には、まさしくギアと同じ印が刻まれていて。
 あの瞬間、頭の中は真っ白になった。
 ギアを撲滅せよ。
 そんな絶対的な使命さえ、掻き消してしまう程に。
 己がギアでありながら、ギアを狩るソル。
 そこに秘められたもの。
 自分では到底及びようのない彼の深淵を、背に負うものの重さを、ほんの少しでも見てしまった。
 だから……だから、彼を妬むような浅はかな事、簡単に考えてはならない。
(ソルは、ソルだ。そして──私は、私だ)
 無いものを強請っても仕方がない。彼は彼の遣り方で。自分は自分の遣り方で。自分にできる最善を。それだけだ。
「頭では理解していたつもりだったんですが。実際は予想以上に難しいものですね。正義や秩序に『従う』のではなく、自ら先駆者となって『創造する』のは」
 独白にも似たカイの言葉を、男は黙したまま聞いていた。
「信念を支える後ろ盾があった分、昔の方が楽だったのかもしれません」
 ギアの脅威から人々を護る。その為に剣を振るう。
 ジャスティスが倒されてからは、治安維持に尽力する。
 そう。あの頃は、一本のレールの上をただ直走ればよかった。
 しかし、大きな挫折を含むこれまでの経験は、多くのものを視野に入れると同時に、多くの迷いを生んだ。
「ギアに生きる価値は……幸せを望む権利はありませんか?」
 そう嘆いた少女がいた。
 大切な何かを護る為に戦うギアにも出会った。
 正義の名の元に悪を斬る。かつての自分にとって、ギアは悪そのものであった。だが、自分の中の正義がいかに人間側の都合に限ったものであるかを思い知らされた。
 違法者を取り締まる職務に就いてから、幾度となく目の当たりにした矛盾もある。合法的な悪。無法の中の正義。法の綻びを巧みに掻い潜り悪事を働く者もいれば、命を救う為に法を犯す者もいた。
 それだけではない。
 人類の生態強化計画、通称「ギア・プロジェクト」。
 ギアの持つ再生能力は驚異的だが、もしその技術が医療現場で発揮されていたら?
 そもそも時の罪人は何故、人為的な「生態強化」の必要性を見出したのか。
 生物は生きる為に進化する。自然選択・適者生存の進化論。
 あれは確か、十九世紀。英国の生物学者が唱えた。旧科学としての技術は失われても、魔法科学の根底で理論は生き続けている。
 食物連鎖の頂点に立ちながら、何故ヒトは進化しなければならなかった?
 戦争の為? 生存競争の為? いや、それよりも、もっと大きな「何か」が在る。
 あまりにも数多くの難題にぶつかり、途方に暮れた。
 岐路。正しい道が判らない。前後左右ならまだしも、鳥なら空すなわち上を目指す道もある。蟻なら地すなわち下を掘り進める道も。
 実は、選択の自由という、予てから無意識に憧れていた一種の「自由」を手にすることができた証でもあるが、この時のカイは気付いていない。
 自由とはこれほど迷い苦しむものだと、知るにはまだ足りなかった。
「それでも、どれほど困難な道程でも、今更立ち止まる訳にはいかないんです」
 ここまで来るのに、本当に紆余曲折してきた。これで真相全てを悟ったなどと奢るつもりはないが、それでも、少しずつでも真実に近付いていると信じたい。
 この男は、目の前の犯罪者をどう思っているか。狂人の戯言と嗤うだろうか。
 何でもいい。意見が欲しくて、視線で訴えた。
「……少なくとも、今の行動が街の治安を乱している事は理解しているな?」
 平和を護るはずのカイ自ら、人々の平穏な生活を脅かしていると。
 男の低い声は、やはり情を含むものではなかった。だが、それで十分だった。
「ええ」
 己に刻み付けるように、頷く。
 誤魔化しはしない。より長いスパンを見据え、より多くを救う為に、目先の犠牲者を見捨てているのは事実だ。
「でも、やっと見付けましたから」
 様々な葛藤を経ての、覚悟。
 男は驚いたように目を見開き、息を飲む。
 微笑んでみせる青年の瞳は、強い決意を示していた。
 それは紛れもなく、「希望」。
 ──そうだ。それでいい。
 男も満足そうに頷いた。
 このような青年がいる限り、人類はまだ、捨てたものじゃない。
「今夜はもう眠れ」
 男の気遣いに感謝し、大人しく従うことにする。
 眠りに落ちる前、カイは祈るように呟いた。


 どうか、全ての魂が救われますように。




-END-