3/31/2003

『process』 -1-

【BL系ショートストーリー】

ソルが怪我してカイが介抱する話。二人共ナーバス気味。
※続きは裏仕様になります。

うっわ中途半端(爆)。
「旦那が血塗れでカイ宅に転がり込んでくる」というテーマで話を作ったら
何故かデズ子さんまで出てきました。
コトの真相は裏に回させていただきます…すみません。
つーか、何を律儀にベル鳴らしてるんですか旦那!(笑)

*-*-*-*-*




 しとしとと降り続く雨は、日が暮れても一向に止む気配がなかった。
 雨の日は、嫌いじゃない。
 でも、何故だろう。今日はどうも気分が塞ぐ。
 たっぷりと湿気を含んだ空気や纏わり付く弱い雨に、今日は鬱陶しいとさえ思った。
 帰宅して玄関を開けるなり、数日分の新聞が足元で無造作に積み重なっている様を見て、カイは溜息をついた。連日激務に追われた為、暫く職場で寝泊りして久し振りに帰った結果がこれだ。
 部屋に戻っても案の定、出掛けた当時そのままの雑然さ。とは言え、元々物の多い部屋ではない。散らかっているのは調査書のコピーや地図といった書類、借りてきた文献資料等の書籍が殆どを占める。
 別に、今更珍しい光景でもないが。
 しかし、いつもなら「仕方ない」と呆れる程度なのに、何故だか今日は──少し、苛立ちを感じるのだ。
 疲れの所為だろう、と自分に言い聞かせる。
 少し前に、休暇届を提出して纏まった休暇を取った。
 その休暇明け、通常の実務だけでなく休み中の引継ぎやら溜まった書類の整理やらが加わり、しかも休暇も休憩が目的ではなかったから、疲労が蓄積していても当然。
 そして明日は漸く本当の意味での休日になった。今晩は最低限の片付けをして続きは明日に回そうと思う。
 正直、今日は何もしたくない。
「………」
 また一つ、大きな溜息をついた。
 散らかった部屋は、己の頭の中を具現化したようなものだ。
 納得したつもりでいたのだけれど、多分、まだ心のどこかで蟠っている。
 せめて寝る為にベッドの周囲だけでも片付けながら、カイは休暇中の出来事を思い起こしていた。




 A国より自立型ギアの生存情報が発表された。
 ギアとは何か? 正義とは何か?
 前大会終了後、日常生活に戻ってからも片時も忘れる事のなかった疑問と迷い。
 カイは藁にも縋る思いで、悪魔の棲む地へ向かった。
 公僕としてではなく、一人の賞金稼ぎとして。
 これは私闘だ──カイはそう考える。極めて個人的な闘いだが、己の人生を左右する運命的なものであると。
 かくして、深い深い森の奥で異類の少女と出会う。
 まだ幼さの残る可憐な容姿は、ギアの持つ禍々しさからは程遠かった。しかし、一対の翼と長い尾が、彼女を人外の存在である事を肯定する。
 少女の圧倒的なスピードと破壊力を目の当たりにし、カイは聖戦の再来を予感させられ戦慄した。
 ギアが活動を再開すれば、また人類は戦火を被る事になる。大戦の悲劇が繰り返される事になる。やっと取り戻した平和を護る為にも、終戦を願って命を落とした多くの人々の為にも、それだけは避けなければならない。
 人として、ギアは倒すべき存在。
 これ程の強大な力を有する危険因子を、野放しにする訳にはいかない。
 だが、彼女の目はあまりに悲しすぎた。
「早くっ……早く逃げて下さい! 私は貴方を傷付けたくないんです!」
 泣きながら、抑制できない己の力に怯え、戦いたくないと訴える。
 平穏な暮らしを望む少女は、今まで自分が護ってきた人々とどこが違うと言うのか──カイは酷く困惑させられ、戦闘中にあるまじき一瞬の隙を生んでしまう。
「きゃああッ!」
「しまった!」
 足元の地盤を砕き、砂塵を巻き上げ、巨大な火柱が連続してカイを襲う。咄嗟に防御するが、凄まじい衝撃により遥か後方まで吹き飛ばされた。
 激しく背中を打ち付け、息が詰まる。急速に遠退く意識。
「ごめんなさい、ごめんなさい」
 少女が駆け寄ってくるのだけは、辛うじて分かった。




 気が付くと、少女が心配そうに自分を見つめている。
 敵が至近距離にいる──そう判断したカイの身体は反射的に逃げを打つが、打撲の痛みが全身を駆け巡り、またその場に突っ伏してしまう。そこで打撲以外は四肢に問題ないと確認し、改めて立ち上がった。
「良かった。大した怪我じゃなくて」
 心底ほっとしたように顔を綻ばせる少女。カイの胸がちくりと痛んだ。
「私は貴女を狩りに来た。貴女の敵です」
「傷付いている人に、敵も味方もありません」
 柔らかな笑顔を湛えたまま、少女は言い切る。
「それに、この子達も反応しなくなりましたし」
 異形の姿で襲い掛かってきたそれは、今では翼となり少女に撫でられていた。
 ──自分は、少女の笑顔を奪いに来たのか?
 脳裏を掠める疑問に、答える者はいない。
「忘れて下さい。ここの事は」
 それが、少女から聞いた最後の言葉だった。




 ギアとは悪である。
 この概念は、ただ盲目的に従ってきた事ではない。
 ギアによって奪われた幸福と、齎された悲しみを知っているからこそ誓った、確固たる信念なのだ。
 それなのに──
 一度ぐら付いた正義は、もはや自分を支える力を失っていて、二度と元のようには戻らなかった。
 染み付いた信条を覆すのは、決して容易い事ではない。
 今までの生き方を……己の存在そのものを否定されたような、足元の基盤が崩壊する恐怖。
 自分のしてきた事は間違っていたのか?
 ぼろぼろと、崩れてゆく自分。もう、あの頃には戻れない──
 チリリン。
 不意に、呼び鈴が鳴る。
 その澄んだ音によって、回想を彷徨っていたカイの意識は現実に引き戻され、整頓の手を止めていた事に気が付いた。
 来客? こんな時間に誰が? 思い当たる点がなくて首を傾げながらも、カイは玄関に足を運ぶ。
「はい、どちらさ──」
 扉を開けた向こうに現れた人物を見て、そのまま硬直するカイ。
「ソル」
 予想外の来訪者。カイは目を白黒させた。
 時折、気紛れに訪れるその男は、数少ない来客の一人である。しかし、今日来るなんて全く想像しなかった。
「どうしたんだ?」
 こんな雨夜に。……と続くはずの言葉は、けれど音にはならなかった。
 男の身体がぐらりと揺れて、倒れ込んできたのだ。
「───!?」
 勢い任せに掛けられた体重を受け止めきれず、二人して床に引っ繰り返ってしまう。
 何が起こったのかと狼狽えるカイの手に、濡れたものが触れる。冷たい雨とは違う、生温かい液体。
 ……血。
「! ソル、ソル!?」
 カイの呼び掛けに、男は反応しない。
(早く手当てを!)
 雨に打たれた重く大きな身体を、自分まで汚れるのも構わず、寝室まで引き摺る。濡れた外套を取り払い、ベッドに横たえる。
 何よりも目を惹いたのは、腹部の怪我であった。
 刃物に貫かれたような大きな傷。この深さでは胴を貫通したに違いない。その周囲は火傷のように爛れている。それでも男の強靭な生命力によって細胞組織が再生されつつあり、分化が進む肉芽とじくじく滲み出る血液とが混ざって、一般人なら直視できないであろう凄惨な有様を見せていた。
(誰が、こんな)
 カイは眉間に皺を寄せる。
 悔しいが、ソルは自分の知る中で最強の戦士だ。そんな男にこれほど大きな傷を負わせるなんて、一体──いや、今は腹部の傷口を癒す事が先だ。
 迷うことなく、印を切って治癒魔法のスペルを口に乗せる。カイの掌から淡い光が生まれ、ソルの痛々しい傷を包んでいく。
 本当は、こんな事をしなくても自力で回復できるのくらい知っている。──彼は、ギアなのだから。
 でも、カイは法術の行使を止めない。
 傷付いている相手に、人もギアも関係ない……と、少女の言葉を借りて自分の行動の言い訳はできた。だが、数多のギアを屠ってきた自分にそんな権利などないのも知っている。ギア殺しの自分がギアを介抱しているという事実に、弁解や庇護の余地はない。
 心底、己の身勝手さに嫌気がさす。
「ソル……」
 よりによって、こんなタイミングで現れるなんて。
 彼が目覚めたら、何て言ってやろうか。
 だが、男の穏やかな表情が、安い言葉を掛けるのを許さない気がした。
「──何が、あった?」




-To be continued-