【BL系ショートストーリー】
カイがケーキを焼く話。何か予想以上にラブラブ(汗)。
誰ですか?この人達は!(含アクセル)
他にもソル&カイ出会い話・アクセル&カイ出会い話・
アクセル&ソル出会い話は、また別の機会に。(やめれ)
*-*-*-*-*
見覚えのある時代。見覚えのある場所。
ラッキ~♪と明るい笑顔を浮かべる、赤いバンダナの青年──アクセル。
「ま~た知らないトコに飛ばされてたら、どーしよかと思ったけど」
ココなら心配ない!と、厳かな雰囲気を醸し出す街並みを軽い足取りで歩いていく。
ここに来た時は必ず立ち寄る場所。アクセルの目的地は遠くはなかった。数分もすれば目指した建物が見えてくる。
街角のそこには、歴史を感じさせる大きなマンションが建っていた。
「んー……居るかな?」
晴れやかな青空で輝く太陽は、高い。この時間ではまだ主が帰宅していない可能性も、高い。
「ま、いっか。試そ」
楽観的に決断したアクセルは、入口を潜って一気に階段を駆け上り、天井の高い回廊を走って、ゴールであるドアの前に立った。ここまで来て息一つ乱していないのは、彼の運動能力の賜物だろう。
呼び鈴を鳴らし、主を呼び掛ける。
「カイちゃ~ん! こんちは~!」
耳を澄ますと、パタパタと足音が近付いてくるのが判った。アクセルは思わず「ビンゴ!」と指を鳴らす。
「いらっしゃいアクセルさん」
内側からドアが開けられると、期待通りの優しい微笑みが迎えてくれた。
ここはカイの自宅であるパリのマンション。奇妙な体質の所為で問答無用にあちこちの時代や場所へ飛ばされるアクセルの、数少ない拠点でもある。前大会を通じて親しくなって以来、アクセルは特定時代のパリに行き付くと習慣的にカイ宅を訪れるようになっていた。
本人の性格上あまり深刻に見えないが、孤独な時の旅人にとって羽を休める場所があるのは有り難いことなのだ。
「良い時に来ましたね、と言いたいところなんですが……ちょっと余計な奴も居ますけど、いいですか?」
申し訳なさそうに訊いてくるカイ。一瞬、何を言われたのか解らなかったアクセルだったが、カイが「奴」呼ばわりする該当人物を弾き出して納得した。
「旦那も来てるんだ?」
「ええ」
「こっちは全然構わないけど……もしかして俺様、邪魔だった?」
「いいえ。わざわざ寄って下さって嬉しいです」
邪魔しては悪いと思うし、邪魔したいとも思う──などと考えてしまうアクセルに、カイは見惚れてしまいそうな美しい笑顔を向ける。
そんなことされたら、引き返すなんて出来やしない。元より引き返すつもりなどないけれど。
「んじゃ、お邪魔しまっす」
そうして中に招き入れられると、甘く香ばしい匂いが鼻を擽った。
「あれ? 何かイイ匂いがするんだけど?」
「今、ケーキを焼いているんです」
同じ笑顔を貼り付けたままのカイを、何か思い当たったアクセルが意地悪そうな流し目で見る。
「はは~ん……もしかして、旦那に?」
「まさか」
動揺を煽ったつもりだったのだが、カイは軽く笑い飛ばした。投げた球を容易く打ち返されたような気がしてアクセルは少しだけ剥れたが、これも「ま、いっか」で片付ける。
「作ってる最中に偶然ソルが来たんです。もうすぐ焼けますからリビングで待っててくれますか? 宜しければティータイムでもご一緒に」
「わお! カイちゃん手作りケーキに在り付けるなんて、今日の俺様マジラッキーじゃん!」
「ご期待に添えられれば良いんですが」
くすくすと笑うカイは気品に溢れていて、「やっぱカイちゃんって貴人肌だよな~」と改めて感心するアクセルであった。
カイはリビングのドアを開け、一歩引いてアクセルを先に入れるよう「どうぞ」と一礼する。その客人を持成す立ち振る舞いは本当に優雅で丁寧で、VIP扱いを受けたような誇らしい気分にさせられる。
が、リビングに入った途端。
「ソル! 行儀が悪いぞ!」
アクセルの酔いを醒ますかのように、カイが怒声を上げる。
「立て膝で座るなと何度も言ってるだろう!」
ちなみに「何度も」がポイント。
先にリビングで寛いでいた男は、辞書のような分厚い書物に目を落としながら生返事をした。恐らくカイの言葉の内容など耳に入っていない。
「まったく……」
腕を組んで嘆息するカイに、先程までの気品はなかった。
(あちゃ~旦那の前じゃコレだもんな~)
呆れるというか、微笑ましいというか。
「あ、すみませんね。彼のことはお気になさらずに」
向き直って席を勧めるカイの顔は、再び貴人に戻っていた。
「紅茶にしますか? それともコーヒーにします?」
カイの問いにアクセルは「カイちゃんオススメの紅茶で」と答える。
紅茶派のカイがコーヒーを常備していること自体、ある事の表れなのだが……ちらりと覗き見ると、案の定ソルの傍にはコーヒーカップ。
(何か、あてられそう……)
夫婦漫才を見に来た訳じゃないんだけどなぁと思いつつも、しかし様々な時代で二人に関わってきたアクセルとしては、不器用な二人の睦まじい光景を見ると少なからず安堵してしまう。
それに、状況を面白がる気持ちがない訳でもない。
(旦那ってば愛されてるよね~)
誰とも馴れ合うことのない孤高の賞金稼ぎが一箇所に留まっている姿を、何だか微笑ましいと思うのは失礼だろうが、ここが男にとって貴重な場所であることは確かだ。
(俺様にとっても貴重な場所なんだけどね。旦那には勝てないよなぁ)
今度イチオシのフレーバーティーをカイちゃんに薦めて、俺様専用紅茶でも常備してもらおっかな~──と、多少図々しい思考を廻らせながらコーヒーカップを眺めていると、カイが飲みかけのコーヒーを引き上げようと手に取った。
「まだコーヒー残ってるよ?」
注視していた対象が突然動かされて、不意にそんなことを口走る。
「え? ああ、冷めたら美味しくないですし」
一方、カイは取り替えて当然と考えていたらしく、不思議そうな面持ちをしていた。
透かさずアクセルの頭には「世話好き女房」という六文字が並んだが、口に出せば炎と雷で黒焦げにされるのは目に見えているので黙っておくことにする。
「もう少し待ってて下さいね」
笑顔でそう告げて、カイはキッチンへ消えていった。
(うーん……参ったな。笑い掛けてくれるのは嬉しいんだけど)
会う度に綺麗な笑みを見せてくれるのはありがたいが、正直なところ、複雑な感慨をも呼び起こす。
確かにカイの微笑みは魅力的だ。みんなの笑顔が好きだと公言している通り、それは周囲にも笑顔と温もりを与える。しかし、彼が笑顔だけの人間ではないことを、アクセルは知っている。
嘗て、一度だけ見たことがある。
普段の笑顔とも戦闘中の真剣な顔とも違う、氷のような凍て付いた表情を。
全ての感情が欠落したような、人形のような冷たい美貌を。
その顔は決してアクセルに敵意を向けているという意味ではなかったが、この穏やかな青年の持つ「陰」を垣間見た気がして──そう、少し胸が痛かった。
元々お節介な性分なのか、そんな人間を見ると放っておけない。
そこで、彼の「笑顔以外の側面」を探索しようと目論んでいるのも、カイに関わる理由の一つ。
「おい」
ふと背後から呼ばれて振り返る。すると、読書中のはずだったソルがアクセルを睨み付けていた。
「何でテメェがここに居る」
「あー酷いなぁ。旦那こそ何で居る訳?」
身動きを封じられるような鋭い眼光を受けても、馴染みの態度だからかアクセルは平然として応じる。
旦那だって客人のくせに~。それとも何? この時代の旦那はカイちゃんと同棲してる訳?──そこまで聞き返すつもりだったアクセルだが、ソルの無言の圧力にさすがに身の危険を感じて、途中で言葉を呑み込んだ。
「……ねぇ旦那、気付いてた?」
その代わりに、別の疑問を投げ掛けてみる。案の定、ソルは無関心を決め込んで本に視線を戻した。
「カイちゃんさ、旦那のコトは呼び捨てなんだよね」
ソルから返事はない。それがどうした、といった風である。
めげずにアクセルは続ける。
「誰に対しても敬語で敬称付けだけど、旦那にはタメ口なんだよね」
余計な世話だとは思うけど、敢えて口に出す。大切なこと、見逃してほしくないから。
ねぇ旦那、カイちゃんのことちゃんと理解してる?
「旦那には心を許してるってことじゃん。優しくて丁寧な態度は誰からも好感を持たれるだろうけど、逆に誰にもカイちゃんの心には近付けられないって意味でもあるんだよ?」
相手を尊重し、不快感を与えないように礼儀正しく平等に接する。だが、それは必然的に「個」を覆い隠してしまうことに繋がる。
己の気持ちを殺してでも周りの調和を重視して、本当の心はどこか遠くへ置き去りにしてしまったような。いつだって彼の望みは自分以外の誰かの為にあって、己の傷は顧みずに誰かの傷を癒したいと考えている。
「どれだけ辛くても平静を装えるのは立派かもしれないけどさ。それじゃいつか……カイちゃんの心が壊れるよ」
綺麗な笑顔で、悲しみも苦しみも隠してしまう人なのだ、彼は。
隠したって消えるはずもない傷は一方的に蓄積して、少しずつ精神を蝕んでゆくだろう。
「……何でンな事まで知ってる」
漸くソルが面を上げた。元々愛想とは縁のない人物とは言え、その顔は普段以上に不機嫌さと苛立ちを滲ませている。
「あ、だって」
別の時代で、と言い掛けたが、アクセルは何かに配慮したのか「俺様の人間観察は本物なのよん」と努めて自然に流した。
「俺様には笑顔しか見せて貰えないのが残念だけど、そうじゃない旦那には期待してる訳よ」
やっと反応を示したソルに満足しながら、アクセルはそう括った。
「きっと旦那の前でだけなんだ。本来のカイちゃんでいられるのは」
だから、見守ってあげててよ。カイちゃんの心が壊れないように。
ソルは暫時アクセルと向き合っていたが、やがて面倒臭そうに溜息をついた。
「テメェの頼みなんざ聞く義理はねぇな」
「ちょっと旦那ぁ!」
「どうかしたんですか?」
丁度リビングに戻ってきたカイが、アクセルの情けない悲鳴を聞いて唖然とする。
「カイちゃん聞いてよ~。旦那が俺様の大事な頼み事を聞いてくんないの」
ここぞとばかりにカイに縋り付くアクセル。ところが。
「ソルはそういう人ですから」
カイはさらりと言って退けた。
それでも、ソル相手ならとことん無遠慮な発言をする──と思われる前に、
「本当に必要なことなら、頼まれる頼まれないに関わらず、自ら判断して行動する人です」
そう述べた。
「へぇ」
想像に難くない意見なのに、何だか意表を突かれてアクセルは目を丸くした。
「だからアクセルさんの切実な願いなら、口では否定したとしてもきっと聞き入れてくれますよ」
まさかカイ当人についての依頼とは気付いていないようだが、妙に説得力のある物言いが、ソルに対する絶対的な信頼を窺わす。
「だってさ~旦那♪」
含みのある笑みで視線を投げると、ソルはチッと小さく舌打ちしていた。多分、照れている。
「さて、ケーキも焼けましたしティータイムにしましょう」
そしてカイの柔らかな笑顔に誘われ、芳しい香りの漂うダイニングへ移動した。白を基調とした簡素なテーブルの上には、丁寧に切り分けられたシフォンケーキと紅茶・コーヒーが並んでいる。
「美味しそー。この香り……レモンシフォン?」
「ええ。冷やすのは間に合いませんでしたが、焼き立てでも違った風味が楽しめると思います。──あまり作る機会がなくて自信ないんですけど」
口に合わなかったら遠慮なく言って下さいね、と言う本人が遠慮がちである。
席に着き、三者三様の遣り方で手を付ける。
「美味い! レモンの風味が爽やかでさ、きめ細かくてふんわりしっとりした食感も最高!」
「光栄です」
「もー、旦那も何とか言いなよ」
「まぁまぁだな」
こうして、和やかなティータイムが始まった。
饒舌でサービス精神旺盛なアクセルが場を盛り上げ、会話に加わろうとしないソルをも強引に巻き込んで。その様子を、カイは幸せそうに眺めていた。
いつも、いつまでも、こんな時が過ごせたらいい。
誰も口にしないが、誰もが願う穏やかな一時──しかし、少なくとも彼らにとってこの瞬間は「非日常」であり、日常はもっと別の所にある。
今はここに留まっている三人だが、またすぐに日常へ戻る時が来る。それぞれの戦場へ戻る時が──
そこまで思い巡らせたカイが、突如「あ」と声を上げた。
「どしたの?」
「いえ、あの……ちょっと昔の事を思い出して」
「なになに? 俺様が聞いても良い話?」
興味津々のアクセルに、カイは快く承諾した。
「昔、聖騎士団時代に一度会った人が、実はアクセルさんだったんじゃないかって」
戦時中にアクセルらしき人物に会った気がしたのだが、どうもうろ覚えで。
「でも大会では初対面の様子だったし、私の気のせいだと思ってましたけど、今思えば──アクセルさんなら、初めて私と出会った後に前の時代を訪れることもあり得るんですよね?」
「そうそう──あーアレかぁ。確かに俺様、騎士団時代のカイちゃんに会ったことあるよ」
「やっぱりそうでしたか」
やっと記憶が結び付いたと合点する。
「今のカイちゃんも美人だけどさ~あの頃もマジ可愛かったな~」
「可愛いだなんて……やめて下さいよ」
カイは少し怒ったように口を尖らせた。
その仕種がめちゃくちゃ可愛いんだけど!? と胸中で叫ぶアクセルであった。
「その頃から旦那とはライバルだったんだ?」
こ~んな可愛い子を相手にできるなんて、旦那も隅に置けないなぁ。
深読みすると多少危険な発言でソルを冷やかす。
「あの時はまだソルに会ってないですよ」
苦笑しながらフォローするカイ。
「ん? 旦那に出会ったのは俺様より後ってコト? じゃ、いつ会ったの?」
「それは秘密です」
「うっわー見せ付けてくれんじゃん。ねーねー旦那、いつ会ったのさ?」
「知らん」
見事にハイスピード・クイックレスポンスな返答。
「あらら」
「ソルに憶えていろと言う方が無理ですよ。何しろ、あの頃は顔を合わせる度に私から喧嘩売ってましたし。鬱陶しいだけの相手のことなんか憶えたくもないでしょう……あ、今でも鬱陶しいかな」
カイは戯けた口調で話すものの、その眼差しは自嘲を含んでいた。
それを察したのか察していないのか、皿を空にしたソルが、
「俺がマジでそう思ってんなら、わざわざここには来てねぇよ」
にやりと不敵な笑みを浮かべてカイを見遣った。
「え……」
途端、カイが固まる。湯が沸騰するように、みるみる頬が染まっていく。
「なっ、何を言うんだ、いきなりっ」
この上なく動揺するカイ。アクセルは顎を掻いた。
さすがに、これ以上居座って二人を邪魔してたら野暮ってモン?
「ちょっと用事があるんだった! そろそろお暇するよ」
見え見えの嘘を吐いて、アクセルは席を立った。
「そ、そうですか。なら、通りまで送ります」
「いいっていいって。あんまり気を遣われちゃ却って悪いからさ~」
つられて立つカイを、アクセルは効果的な言葉でさり気なく制す。
つまり、少し卑怯な手ではあるが、不本意でも「こっちが困るから」という態度を示すと、相手を困らせたくないカイは引き下がってくれるという寸法だ。
「ゆっくりして戴けないのが残念ですけど、どうぞお気を付けて」
「ありがと! ごちそーさん」
「またいつでも来て下さいね」
冷静さを取り戻したらしいカイの定評のある笑顔に、少し名残惜しいと思いながら。
「うーん、好きな時に来れる身だったら良いんだけどなぁ」
アクセルはいつもの調子で言ったつもりなのだが、カイは「あっ……すみません」と謝罪して表情を曇らせた。
「わ、そんな顔しないでよ! カイちゃんは何も悪くないんだから気にしないで」
「月並みで申し訳ありませんが……早く元の時代に戻れることを願っています」
「サンキュ♪」
絶対戻ってみせるからね! アクセルは明るく笑った。
適切に相手を慮れない自分が不甲斐ない、とカイは思う。そんな時、彼の明朗さにどれだけ救われただろう。
「旦那、カイちゃん大事にしなよ!」
一方で、どこまでもからかうイギリス人をいい加減燃やそうかと考えたソルだが、次の一言で意気を失う。
「後悔しないようにね」
アクセルは二人の行く末を思い、我知らず泣き笑いのような表情になっていた。
──未来は、変えることが出来るのだろうか。
それとも、動画を再生するかのように、最初から定められているものなのだろうか。
アクセルにさえ、それは判らない。いや、タイムスリッパーだからこそ、希望も絶望も抱くことが出来ずにいるのかもしれない。
「……アクセルさん?」
そんな彼の唐突な変化に、カイだけでなくソルも少し驚いたようだ。
「何でもないよ。じゃね」
軽くウインクして、アクセルは手を振りながら出て行った。
半ば茫然と見送っていたカイは、はたと立ち返り慌ててケーキを幾つか包んで玄関へ走った。
どうやら間に合ったらしく、短く会話が交わされた後、ドアを閉める音がする。
やがてカイがダイニングに戻ってくると、ソルはばつが悪そうに頬杖を付いていた。
「よく口の回る野郎だ」
ソルはアクセルを嫌ってはいないようだが、どうも苦手な部類に入るらしい。
「彼には悪いことを言ってしまったな……」
カイは沈鬱な面持ちのままだった。
快活な性格によって見落とされがちだが、アクセルは非常に複雑な事情を抱えているのだ。
少しでも力になれればと、カイは願う。なのに自分は、時折訪ねてきてくれる彼に束の間の宿りを提供する程度しかできなくて。
「他人の心配する余裕があるなら、自分の心配でもしてろ」
そんなカイに近付いて、ソルはさらさらの金髪をぽんぽんと軽く叩く。──どうもカイは他人の苦労を我が事のように背負い込んで、必要以上に自分を責め過ぎる。
「何だそれは」
何となく馬鹿にされた気がして、カイは片眉を吊り上げる。
「さっきのやつ、残ってるか?」
去った奴の為に辛気臭い顔をされても困るので、ソルは話題変換を図ってみた。
「シフォン? まだあるよ」
「もう一個貰う」
するとカイは素直に嬉しそうな顔をして、もう一切れ皿に乗せた。
「客を招く予定もなく茶菓子を作るたぁ、どういう風の吹き回しだ」
ソルにしろアクセルにしろ、訪れたのは偶然。まさか自分一人で食べるつもりでもなかっただろうに。
カイは菓子のような嗜好品の類を殆ど口にしない。というより、日常生活に於いて食事自体をあまり優先しない。料理の腕は決して悪くないのだが。
「お前とアクセルさんが来てくれたんだから、十分じゃないか」
無駄にはならなかったからそれでいい、とカイは言う。
それに、これは。
「お前の為に作ったんだ」
「あ?」
想像を絶する(?)発言に、男は眉を顰めた。
性質の悪い冗談かとも思ったが、カイはそんな嘘を吐くタイプではない。
今日ここを訪れる保証もない男の為に? しかも、お世辞にも好物とは言えない甘い物を?
「勿論、嫌がらせだ」
悪戯が成功した子供のように、声を立てて笑うカイ。
「案外お前が気に入ってくれてたのが計算外で、少し悔しかったけど」
「………」
珍しく男は虚を突かれたような表情を見せた。
謹厳実直でそつのないこの青年は、稀に別人かと疑うほど突拍子もない行動に出る。カイのことだから何か考えがあっての言動だろうが、傍目には支離滅裂としか映らない。
しかし、それが始まったのも最近のこと。アクセルが言うように、これが本来のカイなのかどうか──そこまで自分が干渉すべきではないとソルは思っている。
場を繕う微笑ではなく、本心からの無邪気な笑顔を浮かべるカイは、歳不相応な形容ではあるが、実に愛らしい。
尤も、子供の頃に子供として振舞うことが出来なかった人間にはよくある心理現象だ。ある意味では歳相応なのかもしれない。
何が彼の精神を追い込んでしまったのか、ソルは理解していた。そして、ソル自身がその一端を担っているという事実も。
欠けた心が露呈する瞬間。
歪んでしまった哀れな魂。
──これが、世界を救った英雄の姿。
「それも俺の前で、だけか」
「何が?」
「何でもねぇ」
言うなり、男は未だ笑い声を立てている小賢しい青年を抱き竦め、唇を塞ぎにかかった。
「ふ……っ、ぅん……」
カイは驚いて少し肩を震わせたが、特に抵抗せず従った。
「随分と大人しいな」
「今日の私は機嫌が良い」
態と引っ掛かるような言い回しをするのは、ちょっとした悪ふざけの駆け引き。理由を訊ねた時点で負けだ。
だからソルは敢えて訊かない。理由など関係ないと思っているから。
だからカイも敢えて話さない。言葉など必要ないと思っているから。
だって今日は。
今日は、お前と私が初めて出会った日。
(本当に憶えてないんだろうな、お前は……)
寂しいと思うが、この男の生き様を思えば仕方ない。
だから、私は──私だけでも、記憶に留めておきたい。
幸か不幸か、人生最大のハプニングとも言えるこの記念日を、心から祝おう。
お前の誕生日を知ることができないから、せめて。
濃厚なキスを素直に受け止めて、カイは男の背に腕を絡めた。
-END-