【BL系ショートストーリー】
クリスマス甘々ソルカイです。
今回も泣きカイで、結局こういうオチになるんですw
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聖夜の祈りを終えて教会の表に出ると、そこはもう白銀の世界だった。
少し前まで真白い雪を鮮やかに染めていたイルミネーションも鳴りを潜め、街を賑わせていた人々も暖かな我が家に帰り、静かに聖夜を過ごしている頃だろう。通りは既に人気も少なく、教会に向かう時には足跡で埋め尽くされていた路地には、今は新しい粉雪が降り積もっている。
厳粛な冬の夜を表すかのように色彩を失った街を見遣りながら、カイは急ぐでもなく帰路を歩いた。
サクサクと音を立てる雪の道。己の足跡が後ろに残るばかりで、目の前には白い絨毯と僅かな街灯。降雪で視界は悪いが、その先は夜の闇が続くばかり。
――慣れている。
冬の夜は長く、帰りの凍える道程さえ痛く染みるほどだったが、それも飽きるほど毎日続けていると……寒さで感覚を失うかのように慣れてしまうものだ。
吐く息の白さも闇に溶け、やがて己の足跡も積雪で消えてしまうだろう。
ただ……何故かそれが虚しく感じるのは、仕事疲れで神経質になっているからか、白い闇に感傷的になっているからか。いずれにしても解決を要するほどの問題でもないので、いつも無視し続けた。
教会では聖歌に乗せて、人々の恒久的な平和を祈った。この世から犯罪が無くなった訳ではないけれど、人類が勝ち得た生存の権利が、末永く齎されますように――それ以上、何を望むと?
やがてマンションに辿り着き、カイは自分の部屋を見上げる。
窓は、やはり暗い。
一人暮らしの部屋を見上げる行動が無意味であることは承知している。いや、寧ろ逆効果だ。
「人々に、満ち足りた笑顔を」
教会で祈った言葉を、カイは独白した。
けれど、何故だろう。祈れば祈るほど、心に凍て付くような痛みが突き刺さる。
それとも、この穢れた罪人には、祈ることさえ赦されないというのか。
――やはり、白い闇に少々当てられてしまったのかもしれない。
まずは湯を沸かして体を温めようと考えながら、カイはドアの鍵を開けた。
が、ドアは鍵が掛かってしまった。
「え?」
つまり、元から鍵は開いていた……出る時に閉め忘れた?
一瞬、何者かの侵入を予感して戦慄したカイだったが、改めて家に入った瞬間、全てが杞憂に変わった。
屋内は既に暖かかった。嫌いだが慣れた煙草の匂い。明かりが無いのは、それを必要としない人物が、そこにいるから。
「……どうして……」
どうして、こんな夜に。
カイは急いでリビングへ向かい、明かりを点けた。
「帰ったか」
明るくなった部屋のソファには、見慣れた男の姿。既に何本かの酒瓶を空けて、堂々と一服していた。
「ソ……」
男の名を呼び掛けて、急に何かが込み上げてきたカイは、リビングから廊下に飛び出した。
「おい」
男の声など耳に入らなかった。
カイは廊下の壁に額を押し付け、悴んだ手で口元を覆った。
――どうして、選りによって、こんな夜に?
溶かされる。凍て付いた氷の心が。
寒さも痛みも何も感じないまま、鎖したまま無視していれば良かったのに!
「どうした」
「……っ、来るな!」
顔を見られたくないから廊下に出たものの、男は意にも介さず近付いてくる。
強引に肩を掴まれ、男と顔を合わせる破目になる。カイの表情に、男は僅かに驚いた様子だった。
「だからっ……お前には会いたくなかったんだ!」
雪解けの雫のように、ぽろぽろと涙を零すカイ。
「笑いたければ、笑えばいい……っ」
投げ遣りに言い放つ。
「泣きながら帰ってくるたぁ、相変わらずガキだな」
「煩い。全部お前が悪い」
そう、この男が。
折角封じておいたものを、無理やり溶かすから。
「他人の所為にするか、坊やが」
男は喉の奥で低く笑うと、大きな腕でカイを抱き竦めた。
――あたたかい。
「かなり冷えてるじゃねえか……で、どうしたってんだ?」
その腕の温もりが余計に胸の痛みを露呈するような気がして、カイは首を横に振った。
「会いたく、なかった」
そう繰り返しながら、カイは男の胸に抱かれて噎び泣いた。
男もそれ以上は何も言わず、溶けた雪に濡らされた金糸の髪を撫で続けた。
リビングのソファに座り、やや薄めに淹れた紅茶で喉を潤す。
温めたカップは冷えた指先にも心地よく、芯から凍えた体を少しずつ綻ばせてゆく。
「落ち着いたか」
男の問いに、カイは小さく頷いた。
「また見っとも無い姿を見られてしまったな……」
殆ど独り言のように呟く。
「大したことじゃねえだろ」
「……かもしれない」
確かに、大したことではないのかもしれない。
散々泣き喚いた今、カイの胸に深く突き刺さった氷の刃はすっかり溶けて消えていた。
溶けることを恐れて、痛みに甘んじていたことが可笑しいくらいに。
「教会には、毎年行っているんだけど……」
カイが言い掛けた時、遠くで聖堂の鐘の音が響いた。日付の終わりと始まりを告げる鐘だ。
「ああ、クリスマスってヤツか」
今頃気付いたとばかりに、男がそう溢す。
「そう。今年も祈りを捧げてきたんだ」
それは恒例のことで。何も悲しむ行為ではないはず。
「お前のことだ、皆の笑顔がどうこうレベルだろ」
「当たり前だろう」
「本人が泣いてりゃ世話ねぇが」
「………」
ムッと顔を顰めるカイ。男は呆れたように溜息を一つ。
「で、お前の笑顔はどうなんだ?」
「え……?」
カイの言う『皆』に、カイ自身は含まれているのか。
「泣き帰ってくるようじゃ、祈り足りねぇみてえだな」
「ソル……」
カイは神妙な顔付きで、側らに座るソルの方に体を向けた。
「……分からない……」
「ん?」
ボトルに口を付け掛けた男が、カイを見遣る。
「時々、祈るほどに苦しくなることがあるんだ。何故か分からない。今夜だって……」
そこでカイは口を噤み、俯いた。
聖夜に祈りを捧げること自体が苦痛なのではない。祈りも偽りない本心からだ。
けれど、教会から出たあの景色、白い闇は――
「分からないんだ……」
沈鬱な声で項垂れるカイの様子に、男は再び長い溜息をついた。
「今のお前に本当の望みを訊いたところで、マトモな答えは返ってこねぇだろうよ」
「本当の、望み?」
カイは顔を上げて、少し首を傾げた。
大きなアクアブルーの瞳は、まだ涙の跡で潤んでいる。
「取り敢えず、だ。帰りは寒かったろ?」
摩り替えるように投げ掛けられた質問は、至ってシンプルで。
「うん」
あの白い闇を思い出し、カイは幼い子供のように答えた。
「なら、暖めてやる」
男は酒を口に含み、そのままカイに圧し掛かる。
「んっ」
唐突なキスで口内に注がれ、上手く飲み込めなかったカイの白い喉を、芳醇な液体が伝った。
「ソル……やっ……」
カイの頬が染まったのは、酒の所為ばかりではあるまい。
それは暖かく、時に熱く、カイを満たしていった。
-END-