【BL系ショートストーリー】
ソルがカイに指輪を贈る話。連続小説企画。
日付の都合で、第一話が最も古い投稿になります。
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それは、いつもの光景だった。
仕事から帰ったカイが家事に勤しんでいると、ふらりとソルが現れた。
巴里方面に出向いたついでに寄ったのだろう。そんな突然の来訪者を、カイは特に事情を訊ねるでもなく迎え入れた。ソルもそれを当然のこととして、平然と上がり込む。
「シャワーでも?」
「ああ」
粗雑に脱ぎ捨てようとした男の外套を、支える形で受け取るカイ。
「待って。用意してくるから」
「いや、勝手にやる」
「……そう」
人の家で我が物顔に振舞う男については、既に咎めても無駄との諦めで認許している。
「なら、部屋を片付けてくる。私も今帰ったところなんだ」
こんな遣り取りも、いつの間にか定着していて。
カイにとってソルは一応来客であるが、お互い「勝手にやる」というスタンスが一番自然なのか、カイも必要以上には相手を気遣ったりしない。タオルを手渡すと、そのまま家事を続行する。
それは、いつもの光景だった。
「おい」
ふと、男の方から声が掛かる。
相変わらず、名前では呼ばない。
「何?」
「今日は、早かったんだな」
無愛想に投げ掛けられた言葉に、カイは時計を見遣った。
「うん……一応は」
そして、少し難しい顔をする。
残業出張三昧のカイが今の時間帯に帰宅しているのは珍しいことだ。とはいえ、疾うに日は暮れていて、窓の外は宵闇に包まれているのだが。
「申請出したはずなんだけど……」
これはカイの独り言である。
今月も勤怠規定の上限を超えそうだったので延長を申し出たにも拘らず、許可が下りるのが間に合わなかった。申請から承認までの期間も考慮して提出したはずなのに(カイの思考に「規定違反」という発想は無い)。
よって、本日は強制帰宅。
恐らく――当人は気付いていないだろうが、ベルナルドあたりがカイの提出した申請書を勝手に保管し、手続きを遅らせたに違いない。
カイの様子で全てを悟ったソルは、呆れながらも部下の功績を密かに讃えた。
「休み休みにやれ」
仕事の虫にはちょうど良い。
「どういう意味だ」
カイは柳眉を逆立てた。意図は解らずとも、何となく馬鹿にされていることくらいは解る。
それに応じもせず、男はバスルームへ。
「はぁ」
困った奴だ、とカイは溜息を漏らす。まさか相手にも「困った坊やだ」と思われているとは露知らず。
カイはキッチンに立った。何とか見繕えないかと食材を探していると、先日同僚に「お裾分け」として貰ったポテトが出てきた。ありがたいが一人では食べ切れないと思っていたところなので、この際ソルにも手伝わせよう。
今ある食材で、短時間で作れそうな料理……思い付くのはポテトオムレツくらいか。
料理自体は嫌いではないけれど、日頃から凝ったものは食べておらず常備品も少ない。そもそも人を家に招く機会など無に等しく、急な来客時にはレパートリーと食材との兼ね合いに悩んでしまう。が、ソルもその点は期待していないだろうから、今晩はこれで我慢してもらうことにする。
オムレツを丸く焼いて切り分けている頃、リビングの方からドアを開閉する音が。少し間に合わなかったかな、などと考えながら、付け合せと共にプレートに盛り付ける。
そうして食卓を整え、ソルを呼びに行く。するとそこには、勝手に一服して寛いでいる男の姿。
「ああっ!」
カイはリビングの有様を見るなり、素っ頓狂な声を上げた。
何事かと目を剥く男を尻目に、慌ててリビングの窓を開け放つ。
「窓は開けろ! それに灰皿は!?」
くるりと振り返って、一喝。
「気にすんな」
「気にする! 喫煙にもマナーというものがあるだろう!?」
吸うなら最低限のマナーは弁えろ!
いきなり説教を始めながら、それでも甲斐性らしくローテーブルに灰皿を出す。
「灰を落としたら自主清掃。家具を焦がしたら全額弁償」
そう念を押して、うんざり顔の男に睨みをきかせる。
これも、いつもの光景だった。
そんなこんなで少々ごたついた夜さり方だったが、夕食の時は穏やかに過ぎていった。
何を出しても黙々と平らげる男に、好物は何かと訊ねたことがあった。そこで「何でもいい」と返された時はさすがに拍子抜けしたけれど、今日も特に文句はないところを見ると、味は悪くないはず……と、思いたい。
「美味いか?」
あまりにも反応がないとやはり物足りないので、批評を煽ってみる。
「ああ」
これまた、何とも微妙な返答。「どうでもいい」と受け取れなくもない。
まあ、そこまで悲観的にならなくとも「No」とは言われなかったので、一先ず合格としておこう。それに、誰かに自分の作ったものを食べてもらうのも、なかなか嬉しいものだ。
結局皿を空にして、男は立ち上がった。
「行くのか」
荷を担ぐ動作は、いつになく取り急いでいるように見えて。
「ああ」
相変わらず、返答は短い。
このまま泊まっていくつもりなのだろうと予想していたが、ソルにも稼業があるということらしい(カイにはあまりイメージの良い職業ではないが)。
特に引き留める理由もなく、玄関までは見送る。
「世話になった」
「構わないよ」
人騒がせな客人の持成しも、いい加減慣れてきたから。
「気を付けて……と、お前に言うのはおかしいか。それじゃ」
「………」
発つ前、男はポケットから何やら小さな物を取り出し、投げて寄越してきた。
カイは反射的にそれを捕らえる。
「これは?」
見ると、それは指輪だった。
ソルにしては、随分と不釣合いな物を持っている――
不可解な顔付きをするカイに、
「やる」
答えは一言。
「え?」
カイからの返事を待たず、ソルはさっさと立ち去った。
「………」
カイは暫く考え込んだ。
否、思考回路がストップしたと言っていい。
追い掛けて問い詰めることも忘れ、呆然と立ち尽くす。
今、何て言った?
思い出したように、改めてそれを眺めてみる。
デザインは非常にシンプルな、プラチナのリング。
中心に、小さな石が嵌め込まれていた。煩くもなく自然に在って、それでいて洗練された美しいカットが目を惹き付ける。明かりに翳すと、光を反射してきらきら輝いた。淡いようで深い、透明で不思議な色合いの、青い石。
内側には連続的な文様が刻まれている。それが模様なのか文字なのか、カイには分からない。
綺麗……。
思わず綻びかけて、はたと我に返った。
リングの外観をどうこう言う以前に、重大な問題点が。
そう、これが誰から誰に渡された物なのかということ。
ソルが、私に、指輪?
――何の為に?
「ちょっと待て……」
これはきっと、何かの間違いだ。
例えば、そう、ソルが偶然手に入れて――誰かから贈られて?――要らないからこっちに押し付けてきた、とか。
寧ろ、それ以外の可能性は考えたくない。
悪い冗談なら聞きたくない。夢なら覚めてほしい。
そう望みを託して、指に嵌めてみた。
「な――……」
後悔した。
在るべき場所を見付けたかの如く、それはぴったりと薬指に収まっていて。
この現実を目の当たりにして、カイは声にならない大絶叫を上げたのだった。
いつも通りだった。
――ただ一つ、男からの小さな置き土産を除いては。
-To be continued-