【BL系ショートストーリー】
700HIT・風儀蘭様のキリリクです。お題は「泣くカイちゃん」
ソル&カイが誘拐事件に挑む話。旦那すっかり子守役(坊や限定)
*-*-*-*-*
不自然に厚い床板を捲った途端、現れた空洞からの凄まじい悪臭が鼻を突く。
二人には、あまりにも馴染み深い──血の臭い。
「!」
カイは血相を変えて地下に飛び込んだ。
真っ直ぐ伸びた地下廊。思ったよりも幅は広く、天井は若干低い。壁には気休め程度の明かりが灯っている。気が急くのを抑えながら、一歩一歩を踏み締めるように進む。
胸騒ぎがする。鼓動が大きくなるのが分かる。呼吸が荒くなり、額には冷汗が滲んでいた。
──これ以上は進むな!
脳裏でガンガンと鳴り響く本能的な警告を強引に捩じ伏せ、気持ちとは裏腹に次第に重くなる脚をどうにか鞭打って、その先を目指した。
ふと、何かの音が耳を掠めた。
足音の反響? 空洞を流れる空気の音? 地下水脈の流勢?
違う。──人間の、呻き声だ。
「………ッ」
思わず口許を押さえたのは、決して血臭の所為ではない。
カイは駆け出した。何かを思考する余裕はなかった。
前方に扉を確認するや否や、雷撃を放つ。
小規模ながら高密度に生成された稲妻は、厚い扉を瞬く間に破壊した。
勢いのまま部屋に突っ込む。そこで、カイは思わず足を止めた。
ビチャッという水溜りを踏んだような音がして、足元を見遣る。幾つものドス黒い帯が床を這っていた。この黒い液体が何であるのか、考えるまでもない。出所を手繰るように、恐る恐る目線を上げる。
そこには、俄かに信じ難い光景が広がっていた。
例えるなら──そう、肉屋の一角ならば、似たような光景を目にすることができるだろう。
天井から何本もの鎖や革紐がぶら下がり、赤黒く濡れた白い物が吊るされている。かなりの数だ。
しかしそれは、少なくとも食肉ではなかった。全裸にされた、……人間。
まるで家畜のように、拉致被害者が吊るされていたのである。
カイは言葉を失った。唇が、指が、膝が、小刻みに震えた。
凄惨極まりない地獄絵。これが、拉致事件の末路。
捕らわれた子供達は全員が猿轡を付けられていて、洩れる悲鳴は弱々しく、既に生命の危機に晒されていると判断できる。
中心に、一人の痩せた男が立っていた。視線が合う。何かに憑かれたような、ギラギラと光る目。その手には、真っ赤に焼けた鋏と、九本の先からなる茨のような鞭。部屋は、血と生の肉が焦げる異様な臭気が充満している。
カイの中で何かが砕けた。
「貴様ぁッ!」
男の心臓を貫くつもりだった。
その行動を予想していたかのように、突如、四方八方から炎の矢が迫る。
──トラップ!?
瞬時に体勢を変えて切り返すも、避ければ子供達に当たってしまうのは明らかだった。
多少のダメージは覚悟の上。自ら盾となることを決めたカイだが、意に反して炎の矢は更に大きな炎によって消滅した。
「!?」
振り向くと、赤いジャケットの男がこちらを見据えている。相変わらず表情に乏しい顔だが、どこか非難しているようにも見えた。
カイは冷水を浴びせられたように茫然と膝を付いた。
「思慮が足りないんじゃねぇのか、Mr.constable(お巡りさん)」
「………」
反論する権利はないと思う。
押し黙ったカイの前に立ち、ソルは部屋を見渡して鼻を鳴らした。
なるほど、弱者を虐げる事によって快感を得る酔狂な連中がいるとは言うが。
「ただの変質者か。下らねぇな」
結局は、度の過ぎた個人的趣味に付き合わされたようなものだ。
ソルにしてみれば、何ともお目出度い人種である。あまりに複雑で混沌とした事件に慣れてきた所為か、こんな単純な動機で犯罪に及ぶ輩の存在を考慮していなかったのは意外な盲点だったのかもしれない。
無論、殺ることに躊躇などない。
痩せた男は、至福の一時を邪魔されたとばかりに奇声を発し、ソルに襲い掛かった。
九本の鞭の先に炎が宿る。それは九頭の蛇の如くうねり、絡み合って、侵入者を焼き尽くさんと牙を向ける。
ソルもまた、些か乱暴に炎を放った。
その時。
「いけない!」
我に返ったカイが、咄嗟に防御結界を張った。それも、自分にでもソルにでもなく、犯人である男の周囲に。
ソルの炎弾が男を包んだ直後、結界は展開された。
まさに絶妙のタイミング。
全ての熱量が、外に洩れることなく内側で反射する。火達磨という生易しいレベルではない。轟然たる狂焔が結界内で激しく暴れ回り、薄暗い部屋を白く染め上げ、そして絶叫のような爆発音と同時、粉微塵に弾け散った。
一瞬の出来事だった。
「余計な真似しやがる」
獲物を仕留めたソルが、背後のカイに言い抛ぐる。
「子供達まで巻き添えにするつもりだったのか?」
今度はカイが低い声で非難した。
「そんなヘマするかよ」
「どうだか」
カイは立ち上がり、子供達に歩み寄ると戒めから解放していった。
皆、憔悴しきっていて、殆ど自失状態だった。
鞭と焼けた鋏で何度も責められたのだろう、全身の至る箇所に酷い傷がある。鞭に抉られた痕と、火傷の痕。古い血が皮膚に赤黒くこびり付き、その上を新たな鮮血が伝う。
──惨い事を。
カイが手当てすべく触れようとすると、
「殺さないで、殺さないで」
と、恐怖に身を強張らせ、怯えの眼差しで見上げてきた。
「私は悪い人じゃないよ」
取り敢えず彼らを安心させる為にそう言ったが、直後、カイは僅かに顔を歪めて苦笑した。
考えてみれば、自ら悪い人だと宣言して近付いてくる大人なんて、いない。幾ら理屈を並べた所で、子供達にとって自分は犯人と同類の大人だ。
「………」
とにかく、まずは怪我の応急処置を。
主に攻撃系法術を得意とするカイが習得している回復系の法術は、飽くまで自然治癒力を高める為のもの。例えば腱を切られた等で縫合を必要とする場合、医師や専門家に託すしかない。安易に外傷だけを塞ぐのは危険だ。傷口の状態に注意を払い、己の限界を把握した上での的確な処置が要求される。
必要最低限の物しか持ち込まなかった事を悔やみつつ、コートの裾を裂いて止血する。
残念ながら、既に息を引き取っている者も少なくなかった。
一命を取り留めた子も、身体だけでなく、精神に大きな傷を残してしまったのは間違いない。時を経て、この子達の怪我が回復し、日常生活に復帰したとしても──心の傷はメモリートレース(記憶痕跡)として、生涯消えることはないだろう。
一方ソルは物的証拠を探していたのだが、どうやら賞金首は超高温に熱せられて完全に気化してしまったらしい。
「チッ、これじゃ金にならねぇな……」
もはや灰すら残っておらず、鑑定どころではない。
「ソル、帰るぞ」
ぼやいていると、一通りの処置を終えたカイが、事態の収拾を告げた。
「こんだけのガキを連れてか? 悪ィが俺は下りるぜ」
首を始末した時点で、ソルの目的は済んでいる。しかも、坊やのお節介の所為で首は消失。これでは只働きだ。金が入らない上、更なる面倒事に巻き込まれるのは御免蒙りたい。手伝えと鬱陶しく付き纏われる前に、さっさと退散するが賢明。
「大丈夫。援護を呼んであるから」
だが、カイの表情は晴れやかだった。
寒気がする程に。
表では地元警察が待機していた。前もってカイが召集していたのだ。
カイよりも随分年上の警察官(決して髪が豊かと言えない)が、カイにぺこぺこと頭を下げている。年下とは言え目上の人物に対し、態度に抜かりがないよう意識しすぎて極度に緊張しているのが判る。ソルは警察の階級に詳しくもなければ興味もないが、警部あたりだろうと勝手に推測する。
何人かの巡査がカイに指揮を仰ぐ。それに応えて冷静かつ迅速に指示を与えていく姿は「あの頃」を髣髴とさせる。若くして人の上に立つという苦心と責任を知った少年は今、その非凡な才能を持て余すことなく社会に貢献する青年になった。
人類の重要な資産──そう評されるのを、確かに彼自身も望んだのかもしれない。しかし、そこに生じた微妙な歪を読み取れる者が、本人も含め果たしてどれだけ存在することか。
やがてカイが、事後処理に当たる警官達を迂回しながらこちらに向かってきた。
「ご苦労だったな」
木の幹に凭れ掛かって一服していたソルに、労いの言葉を掛ける。
「賞金首の照合物件がなくなってしまったから、お前への報酬は私が取り持とうか。──多分、私のポケットマネーからになるだろうけど」
「坊やから金を取る気はねぇよ」
ソルは素っ気なく断る。
「そうか。何か入り用があったら、いつでも言ってくれ。今回はお前がいてくれて助かったし」
そう言って柔らかく微笑みつつ、カイは現場とは逆方向に歩いていこうとした。
「……アイツらと行かねぇのか?」
素直に感謝される事自体、青天の霹靂級に非常事態なのだが、それはさて置き。
カイ自身も警察官である以上に、最後まで見届けなければ気が済まないという性格からして、この時点で前線から離れるとは考え難い。
そういう意味で呼び止めたのだが、振り返るカイは飽くまでも笑顔のままで。
「子供達の身柄を引き渡したら私の役目は終わりだ。後は彼らに任せる」
それに、私はもう、子供達の前に現れない方が良い。
カイは少し俯いた。
「私もまた、魔法使いだから」
長い前髪が、その表情を隠す。声は酷く落ち着いていて、その姿は消え入りそうに儚げに見えた。
「どうした」
それは、他では表に出すことのない傷心のシグナル。
この気丈な青年が時折見せる不安定な様に、毎度毎度付き合わされているという自覚はあるのだけれど。
しかし、いくら今回の拉致事件の結末が悲惨だったとは言え、あの程度なら戦時中に飽きるほど目にしてきている。数多の戦場を渡ってきたカイが、これしきの事で参るとは思えない。
だったら。一体何が彼を追い詰めているのだろうか。
「何だか疲れたんだ。その辺で少し仮眠を取ることにするよ」
再び顔を上げたカイは、努めて平然とした声音で言った。どうやら、簡単に手の内を明かす気はないらしい。
背を向けるカイを、ソルは一先ず黙って見送ることにした。
-To be continued-