【BL系ショートストーリー】
珍しくソルのギア狩り話。カイは後半で登場。旦那ついに降参?
元々カイ話として立ち上げたはずが旦那話に。
ラストの方は一青窈の「翡翠」という歌をイメージしちゃいました。
改めて聴いて「この曲めちゃソルカイソングじゃん!」
…なんて萌えてる私のソルカイ像はズレてますか?(泣)
*-*-*-*-*
そこは昔、都市として栄えた地だった。
聖戦時代にギアの襲撃を受け、滅びたのだ。今では瓦礫の山に埋もれた廃墟となり、人が住まわなくなってから久しい。
しかし、植物とは強かなもので、風化したアスファルトの下に根を張り、罅割れた起伏の隙間からは雑草が顔を覗かせ、硬い芯のような木の幹が太陽を目指している。植物が根を下ろせば、虫等も集まる。
あれから一世紀もの時が過ぎたのだ。
戦火の傷跡が色濃く残るこの地でも、僅かな自然の恩恵を両手いっぱいに受け止めて、その儚い生命を精一杯に輝かせている。
それが生命の生き様なのだろう。
ここはもう、昼も夜も、気候さえも麻痺した亡者達が、我が物顔で支配していた頃とは違う。
男は空を仰いだ。
吹き荒ぶ風が砂埃を掻き回し、不精に伸びた髪を鬱陶しく乱す。上空はかなりの強風なのか、次から次へと雲が流れ、その形を変えてゆく。
当然、男は再生の兆しを見届ける為にここに居るのではない。
この地でギアの残党が発見されたとの情報を得て、それを始末する為に。
司令塔を失い、あらゆる生命活動を束縛されたギアは、もはや人類の敵ではなかった。そこに、嘗て人々の命や幸福を尽く奪い世界を震撼させた生物兵器の影はない。今回も生存が確認されたというだけで、民間への危害は全く報告されていなかった。有翼の少女の件とは異なり──いや、この件が特殊だったのだが──恐らく正常起動すらしていないだろう。
男はゆっくりと目を閉じた。
背後で、何者かが動く気配。──標的だ。
振り向き様、男の剣が火を噴く。一閃で首を薙ぎ、標的は吼える間もなく火柱と化した。飛んだ首が弧を描き地面に叩き付けられ、遅れて、焼け焦げた胴体がドサリと倒れる。
この瞬間、このギアの罪は終わった。
あまりに呆気ない最期を迎えた同胞の亡骸を、男は冷淡に見下ろす。だが、その形状を認めると、訝るように目を細めた。
そのギアの素体は、人間と思われた。
ギアが軍事利用されていた時代、人はギアを駒のように扱っていた。兵力として消耗する人員を最小限に抑える為、素体は獣や下等動物を用いることが殆どであった。いかに味方への被害を少なくし(素体の犠牲は被害と見なしていない)、多くの敵を葬るか。ギアの兵器的価値の一つである。
よって、人型ギアの個数は絶対的に少ない。
それだけに、何らかの陰謀を感じずにはいられなかった。普段ならこのまま放置しておくのだが、さすがに男も慎重にならざるを得ない。死体を検分すべく、片膝を付いた。
胸部──肺の辺りに、酷い損傷が見られる。
ギア細胞に対して特に威力を発揮する男の剣が、その箇所に大きな反応を示したという証拠だ。
以前、患部に化けて身体機能の代替を果たすギアの一件があった。そもそも肉体強化を目的とした人工細胞だ。調整次第で万能薬となる。その代償はあまりにも重かったが。
実は聖戦以前、本当に一部地域での極めて短期間ではあるが、ギア細胞がそのような用途に使われた時期もあったのだ。
肺を患った男性は、抗生物質によって肺胞を蝕む細菌を排除できたが、損傷した肺胞は元には戻らず、呼吸器の機能が著しく低下し、どちらにしろ死の恐怖から逃れることはできなかった。
一つの命を救いたい。
思いは人に罪を犯させた。当時まだ未知の部分が多く、法的にも認められていなかった禁断の秘薬──ギア細胞を治療に用いたのである。
彼は奇跡的な回復を遂げた。
ある者は神に感謝し、ある者は素晴らしい技術の進歩に感服した。
そして。
「奴」の反乱により、それはギアとして覚醒した。
皮肉にも、まずは快復を喜んだ身近な者達の命から奪ったのだろう。
愛した人を。愛した街を。愛した国を。
それから百年。ギアは煉獄を彷徨う事となる。
ただ生きたい、生かしたいという願いが、これほどまでに罪深い結果を招いたというのか。
殺されるまで殺し続ける永久機関。
生への執着が招いた、滅びへのアルゴリズム。
「ぐ……」
男は脳の奥に鈍い痛みを覚え、こめかみを押さえた。
自分達が描いた未来図は、こんなだったか?
──いや、今はその答を問うまい。
このギアは、もう終わった。終わらせた。
男に懺悔は許されない。ただ、もう一度その紅い瞳を閉じ、悲しき犠牲者に黙祷を捧げた。
やがて炭化した屍骸はぼろぼろと崩れ、風に攫われて、消えた。
久し振りに会った青年の右腕には、包帯が巻かれていた。
曰く、凶悪犯と揉み合って同僚を庇った際に負傷したとの事。
怪我した本人は大して気に留めていないようだったが、庇った同僚が随分負い目を感じているらしく、その事が申し訳ないとカイは言う。お人好しもここまでくれば潔い。
「……昨日、カップを一つ割ってしまったんだ」
何の脈絡もなく、カイは呟いた。
飲み終えた空のティーカップを手に取り、見つめている。昨日割れたカップと重ねているのだろう。
「お気に入りだったのにな」
本当に残念そうに、嘆息を漏らす。
カイの唯一の趣味とも言えるティーカップコレクション。その一つを失った事は、腕の傷などよりも遥かに重要に違いない。脈絡なく話し始めたのは、彼がずっとそれを考えていたという事。
「そんなモン、いつか壊れる。それが昨日だっただけだ」
が、男の返事はにべもない。カイも、その反応は予想済みの様子だ。
状況の想像は付く。傷を意識していなくてつい普段通り扱ったら、利き腕に思ったように力が入らず手を滑らせた、といった所か。
つまり結局は怪我が原因なので、心優しい(本当にそうかは謎だが)彼の同僚達なら、彼の腕を心配するだろう。
すると彼はどうするか。大丈夫だと言って、割れたティーカップの話題は二度と口にしなくなる。それ以前に、人に心配を掛けそうな発言は最初から避ける。
男が彼を心配して優しい言葉を掛けるような人物でないからこそ、カイは本音を明かせるのだ。なかなか面倒な性格である。
それでも、白い包帯に覆われた細い腕が痛々しい。なまじ男は包帯とは無縁の肉体を持っているだけに、いくら辣腕家とは言えこの青年も生身の人間なのだと、今更ながら改めて認識した。
だから、つい口を挟みたくなったのかもしれない。
「人間ってな脆いモンだ。手足がもげりゃ生えてこねぇし、小せぇ傷も命に関わることがある。カップと大差ねぇ……、──ッ!?」
言い終わらない内に、カイは左手で手近にあったクッションを男の顔面目掛けて投げ付けていた。
その殺傷力の無さに油断した訳でもないが、まともに顔に喰らう。
「それは私に対する当て付けか」
カイ、目が据わっている。
気を付けろという忠告のつもりだったのだが、どうやら姫君は機嫌を損ねたらしい。
「脆くてすぐ壊れるから、取るに足らないと? 生きようともがく懸命の努力も無駄だと? 所詮自分とは生きる世界が違うと決め込んで、避けて、無視して、拒否する事が、お前の生き様か!」
相変わらずの排他主義だな!
捲くし立てる物凄い剣幕に、男は思わず絶句する。
唐突ではあるが、青年の指摘に間違いはない。言い訳する気もない。
この贖罪の旅に誰も巻き込むまいと決意したのはいつだっただろう。それすら今では色褪せて、ただもう、何もかも全てが億劫で。壊れゆくものの痛みもこの手には伝わらず、どこか遠い事のようで。
「壊れるなら、最初から関わらなきゃいい──未だ、そんなふうにしか考えてないのか?」
カイの表情が、不意に悲しげなものに変わる。
「……本当は、私がこんな事を言うのは可笑しいんだけどな」
辛そうに、少し自嘲する。
悲しみを知るくらいなら感情など捨てればいいなんて最初に言い出したのは私だから、と。
「解ってるんだ。仕方のない事だと。ただ、私が死んでも『どうせすぐ死ぬ存在だった』の一言で片付けられそうで……何だか腹が立った」
そう言うと、カイは小さく息を吐いた。
「大声出してすまなかった。忘れてくれ」
激昂も悲嘆もあっさり消して、椅子を立つ。左手でソーサーごとティーカップを持って、男に背を向ける。
そんな彼を、男は背後から抱き竦めた。
「危ないな……」
引き寄せられた反動で取り落としそうになったティーカップの無事を確認してから、カイは目を合わせないまま男を咎めた。
「また私にカップを割らせる気か」
「すまん」
「謝るな。お互い様だ」
「悪かった」
「もういいから」
ふっ、と青年の笑う気配。
私ガ 死ンデモ……
意味の重みを感じさせない口調で言った彼の言葉を、男は反芻する。
あまり考えようとはしてこなかったが、少なくともカイは、自分より先に死ぬ。今この腕に捕らえている細い身体も、金糸の髪も翡翠の瞳も、生意気な声も、永遠のものではない。
別れるのが辛い。
失うのが恐い。
そんな理由で、刹那の命を延ばす為に禁忌を犯す者達がいた。
彼らを責めることは出来ない。
けれど。
不完全でも、短命でも、そこに確かに在った瞬間の輝きの尊さを、本当の意味で受け入れ理解していたなら──否、それは過ぎ去った後だからこそ言える事だ。後になって、取り返しがつかなくなって、初めて気付く。
だから……そう、今の内に。
いつか目覚めなくなる、その前に。
「待ってろ」
間もなく男はカイを解放すると、その手からティーカップを取り上げた。
「何だ?」
「淹れてやる」
その言葉に対するカイのレスポンスタイムは、たっぷり十秒は掛かったと思う。
「……………………は?」
鳩が豆鉄砲を食ったような顔とは、まさにこの事。
軽く聞き流せば良いものを、と男は幾分顰め面になって舌打ちする。
やがて、カイは火の付いたように笑い出した。窒息しそうなくらい声を上げながら。
「おい……」
よくここまで表情が変わるものだ。もはや呆れを通り越して感心してしまう。
「だっ……あのソルが……っ、……いや、失礼」
涙さえ浮かべて盛大に笑った後、それを一度収めて、
「それじゃ、お言葉に甘えて」
カイは、ふわりと微笑んだ。澄んだ翡翠の瞳が、明るく輝く。
男は再び言葉を失う。
素直に、綺麗だと思った。
「棚の上から二段目に、直輸のエファメラがある。それで頼む」
「了解」
向けた背中には、眩しそうに己を見つめる視線を感じた。
キッチンに入り指定の紅茶缶を手に取る。すると、壁越しに押し殺した声が聞こえてきた。
(まだ笑ってやがる……)
この時ばかりは、発達した聴覚を呪わずにはいられなかった。
腹を押さえて笑う彼の姿がありありと想像できて、やはり柄にもない事を言い出すべきではなかったと多少後悔するが、これは寧ろ彼の為というより自己満足の行動だ。この際目を瞑ることにする。
美味しい紅茶を味わう時の彼は、本当に幸せそうな顔をするから。
他人の幸福など、与える気も奪う気もないが、いつの間に「それ」が己にとっての「特別」になったのかは定かでない。
可憐に咲く花のように、儚きもの。
儚く、美しい。
多分自分は、「それ」だけで赦されているのだ。
そして男は、この男にしては意外なほど器用な手付きで、紅茶を淹れ始めた。
-END-