4444HIT・KKK様のキリリクです。
お題は「ソルがカイを無意識に甘やかしまくる」
お日様ぽかぽか夫婦漫才。同棲?新婚?
甘々魂炸裂。糖度上げすぎました…;
旦那…坊やにはとことん甘いです(私的願望)。
嫁の毒舌も甘えの一種という方向で。
カイちゃん、旦那以外への嫁入りは許しませんよ!w
*-*-*-*-*
ここ最近すっきりしない天気が続いていただけに、今日の晴天はいつもより市民に歓迎されているようだった。
抜けるように高い空とは、きっとこのこと。日差しは眩しく、少し暑いくらいだ。
風に揺れる街路樹の緑。葉の影と木漏れ日の光とが織り成す模様に彩られた歩道は、行き交う人々の目を和ませた。こんな休日は公園まで散歩に……と思い立つ市民も多いだろう。出不精でも外に出たくなる、そんな爽やかな快晴だ。
しかしながら、生憎この部屋の主は徹底した合理主義者だった。
「日が沈まない内に」
と呟きつつ、朝から忙しなく屋内で動き回っている。薄手の白いシャツの袖を捲くり、前のボタンを少し寛げた格好は、どう見ても外出向きではない。
マンションの一角に居を構える住人――カイは、今日の有り難い晴天を「貴重な大掃除日和」として捉え、それに費やそうと決めたのだ。仕事と家事を両立させている一人暮らしの、哀しき性質かもしれない。
「ちょっと足を退けてくれないか?」
「ん」
ソファを陣取っている相手は、促されてひょいっと足を上げた。続いてカイがその下に掃除機をかける。カイが移動すると、足は再び元の位置に。
一人身なはずのカイに会話の相手がいる。
それが持て成すべき客人ならば、カイがこんなラフな姿で迎えることはない。そうなると、当て嵌まる相手はただ一人。
「あのな、ソル」
実は、先程から話し掛けようと思っていたのだ。足を組み、頬杖をして、黙々と雑誌を読み耽る、この横柄な男に。
「ん?」
片手で器用にページを捲りつつも、一応返事は来た。
だが、こちらが暫く黙っていても特に反応しない様子を見ると、カイの存在は殆ど眼中にないようだ。
「………」
読書中は、いつもこう。
情報収集の為なのか、ただの興味なのか、時折ソルのこういった光景を目にする。その対象は新聞雑誌から専門書までと幅広い。というか、節操がない。
訪れた際にカイ所有の本を読み散らかす場合が多いが、時には本人が持ち込む事もある。そして、出て行く時は置いていく。いつの間にかラックに見覚えのない本が増えている訳だ。
(私の家を書庫代わりにしているな、コイツ)
その事も腹立たしいが、今はそれよりも。
こちらが一生懸命掃除しているというのに、目の前でこうも悠々と雑誌を読まれては、はっきり言って不愉快だ。
「ソル、念の為に訊いておきたいんだが」
「何だ」
黙殺されるかと思ったけれど、杞憂だったらしい。
「少しは手伝おうという気にならないか?」
「ならん」
即答。
返事の内容より、その態度に血管が切れそうになる。
――最初から期待なんかしてない。何にも一切してない。
カイは暗示のように頭の中で繰り返し、逆撫でされた神経を何とか宥めた。
負けるものか。
「掃除の邪魔だから出て行ってもらうという選択肢も、私にはあるけど?」
「客を追い出すか」
「……勝手に他人家の冷蔵庫を開けたり、勝手にシャワーを使ったりする奴を客なんて呼ばない」
カイのトーンが急降下した。
「しゃあねぇな……」
巴里の空ではなくカイの雲行きが怪しくなってきた、と声音から察したソルは、やれやれと重い腰を上げた。
そんな様子を見て、カイは気付かれないようにくすりと笑う。
「じゃ、ソファ退けるの手伝ってくれ」
人手が増えれば負担は半減する。客人という範疇を超えているこの男に少しくらい手伝わせても、今更罰は当たらないだろう。
勝手気儘な風来坊を、顎で使える滅多にない機会だ。無駄にはするまい。
「最近、よく来るじゃないか」
あれこれ注文をつけながら、出来るだけ嫌味を込めて訊ねてみれば、
「タダ寝、タダ飯、タダ風呂、タダ暇潰し――」
平然とこう答えてくる。
「ああ、もういい。聞いた私が馬鹿だった」
要するに便利だから利用しているということだ。
コイツはこういう奴だったと納得するしかない。分かりきってはいたが、もう少し愛想の良い言い方はできないものか。
それを抜きにしても、やはり二人で取り組めば掃除も捗る。効率良く物事が進むと何となく気分が良いので、多少の無愛想は大目に見ることにした。
引き続き、ダイニングの椅子を運んできたカイは、それを踏み台にしてリビングのカーテンを取り外し始める。
「誰かが煙草を吸う所為で、少し黄ばんできたからな」
さり気なく、抜け目なく。
「言ってろ」
下ろしたカーテンを渡されたソルは、指示通り片っ端からホックを外していく。
カーテンを洗うという感覚のないソルにとっては、こんな物も洗えるのか?と不可解に思いながらの作業となる。戦う為に最低限の衣食さえ調達できれば、他の事はどうでも良い。そもそも、家具の清掃など端から縁が無い。
だが、生まれてこの方、一度も定住生活をした例がない――という訳でもなく。
確かその頃も、今のように誰かがちゃんと家の管理をしていて、それを渋々手伝わされていたような気がする。
口煩く言われるから仕方なく、恩着せがましい態度で一応は協力していたけれど。
その誰かが、放棄することなく小まめに「どうでも良い事」を繰り返してくれるお陰で、居心地の良さが保たれているのだと気付いたのは、いつだったか。
遠い記憶の、「誰か」。
ソルはそこで追憶を断ち切った。
「次は何だ」
半ば投げ遣りに続きを促す。
その苛立ちが口調に表れてしまったらしく、カイの表情が僅かに強張った。
――失敗した。
他人を不快にさせてしまうことに対して敏感なのだ、カイは。
いくら小憎らしい口を利こうとも、他人を喜ばせたい・困らせたくないという性格の根底は昔から変わらない。
「今更遠慮すんな。今日は宿代も兼ねて使われてやる」
ただの八つ当たりだ。坊やが気に病む事じゃない。言外にそう告げて、一歩近付く。
目の前に立たれ、まだ何か言いたげな顔付きをするカイだったが、諦めたように伏し目になった。
「取り敢えず、カーテンを洗濯機に」
再び目線を上げた時には、いつもの勝気な青年に戻っていた。
「ああ」
大きな布地を巻き上げながら抱え、リビングを後にする。
廊下を横切り、カイの姿が見えなくなっても、垣間見せた不安げな顔が頭から離れなかった。
ソルは小さく舌打ちする。
坊やのお子様的思考回路は相変わらず。
ソル、何を考えていたの?
私には関係ない? 私が近付いちゃいけない事?
またソルが遠く感じるよ。
私を、拒絶しないで。
拒絶しないで。
言いたいことは一目瞭然だ。
決して言葉には出さないけれど。それが彼なりのプライドであり、強がりでもある。
だが、朽ちた感傷にいちいち付き合わせるのも馬鹿馬鹿しい。何もかも曝け出すことも時には必要だが、それだけが全てではない。
余計だ。
坊やは坊やらしく好きなように振る舞っていればいい。他人の顔色を窺うなんて、お子様課程を修了してから覚えれば充分だ。
――いつからこんな、甲斐甲斐しく坊やの世話を焼くようになったんだか。
自然と苦笑が洩れる。
つくづく面倒な坊やだが、偶には手を焼かされるのも悪くない。
そう一人で結論付けてリビングに戻ってくると、カイは一際大きな戸棚と睨めっこしていた。
「何やってる」
見つめる先を追ってみて、さすがにソルもぎょっとした。
まさか、コレを?
「今日中に全部は無理かな……」
カイは腰に手を当てて唸っている。
食器棚より大きいのではと思われる硝子張りの棚には、様々なティーカップが陳列されていた。
「今からコレを一個ずつ拭けと?」
その厖大さにげんなりしつつ、確認の為に訊いてみた。
「お前に拭かせたら粉々になる。ここは私のテリトリーだ」
「……こっちも願い下げだ」
それにしても。
よくもまあ、ここまで多種多様のティーカップを集めたものだ。一大コレクションに成長するまで、決して短くない期間を要したはずだ。割れるのは一瞬なのに。
「使いもしねぇカップまでゴロゴロ集める奴の気が知れねぇな」
溜息混じりに呟く。
ソルとて本気で呆れている訳ではない。コレクションは実用性云々ではなく、芸術を愛でる者のみがその価値を味わえる趣味だとは解っている。ただ少し、この青年をからかいたかっただけだ。
当然、カイの気に障る。
坊やは刺々しい笑顔で反撃に出た。
「そう言えば……レコードだっけ? 同じ物を鑑賞用と保存用の2種類持ってる奴がいたような」
「うるせぇ。黙れ」
なんと、カウンターヒット。
ほんの少し優越感に浸るカイだが、ここで調子に乗って追撃するほど愚かじゃない。
「ずっと昔」
落ち着いた声で、ぽつりと話し出す。
戸棚を開き、カップの一つを手に取る。細い指が、繊細な造形美を撫でる。いとおしむように。
「店先で、綺麗で精巧なティーカップを見て、すごく欲しいと思ったんだ。一目惚れだった。でも当時、嵩張る割れ物を持ち歩いて戦うなんて出来なかった。だから、いつか聖戦が終わって住む所が出来たら、好きな物を手元に置いておける。終戦を迎えたら絶対ここに買いに来るんだって、子供心に誓った」
戦争が終わってほしい理由が、欲しい物を手に入れたい為だなんて、あの頃は結構不敬な子供だったんだよ。
カイは、然も可笑しそうに笑う。
結局、その街は戦争で焼けた。
「今でも探しているんだ。あの綺麗なカップを。まだ見付かってないけど」
ただの子供染みた夢物語だ。
そう自覚があるのか、己の宝石箱を眺めるカイの瞳には、切なさと自嘲が含まれていた。
ソルは、青年を嗤う気にはなれなかった。
憧憬、期待、諦念。今こうして住む家を手に入れたことへの感謝。
その仕種から、想いの深さが知れた。
しかし――ここで一つの疑問が浮かぶ。
「お前、戸建は買わねぇのか?」
「え?」
意表を突くソルの質問に、カイは目を丸くした。
いきなり何を言い出すのやら。
確かに現在の住居は賃貸マンションだが、今の状況が当たり前になっていて特に意識していなかったのだ。
「――……聖騎士団を引退した時に、生活保障として戸建を提供してもらう話はあったよ。でも、血縁者のいない私に庭付きの家は手に余ると思って断った。現に今、出張も多いし。もし転勤になった時のことを考えたら、借家の方が気楽なんだ」
それでも改めて考えてみると、固執するほど強い拘りがあった訳でもなく。
そうだな……。
ふと思い立って、カイは強気な笑みを浮かべた。
「結婚したら、買ってもいいかも」
微妙に挑発的な目付きでソルを見遣る。
「ほう?」
ソルは面白そうに口許を吊り上げた。
今にお前の居場所は無くなるぞ、と暗に宣言する青年。
やれるモンならやってみろ、と売り言葉に買い言葉で受けて立つ男。
この時、二人の間に見えない火花が散った。
「じゃ、浴室は任せた」
ふいっと戸棚に向き直り、カイはさっさとティーカップを磨きにかかる。
「面倒臭ぇな」
「この穀潰し」
「………」
それは言い過ぎだと思うが、どうか。
「分かったならさっさと掃除!」
「はいはい」
「返事は一回!」
「……泣かすぞ」
陽が少し西に傾いた頃、カイは干してあったシーツを取り込んだ。
ふわりと大きく空気をはらませて、ベッドに敷く。
洗いたての白。カイの好きな色だ。
あまりに気持ち良さそうなので、ついベッドに上がって横になる。
「あったかい……」
包み込むような太陽の温もりが伝わってくる。今日一日の程好い気だるさと充実感があった。
一方ソルは。
洗い方が雑やら置き場が定位置と違うやら、散々文句を言われながらの掃除だった為に、疲労(主に心労)がピークに達していた。
「一人で寛いでんじゃねぇよ」
最初は自分が寛いでいる側だったという事実は綺麗に忘れて、恨めしげに(カイ以外の人から見れば無表情に)カイを見下ろす。そのままずかずかとベッドに近寄ると、スプリングが軋む勢いで隣に寝転んだ。
「ああもう、そんな乗り方したら皺になるじゃないか」
「知るか」
いつも坊や呼ばわりされるけれど。
不貞腐れる様が妙に大人げなくて、ソルだって他人の事をとやかく言えないんじゃ、とカイは思う。
でも、それが悔しいのではなく、寧ろ何だか微笑ましい。優しい温もりに包まれて、心が安らいでいる所為かもしれない。
カイはうつ伏せになり、あたたかさを頬で感じてみた。
「太陽の匂いがする」
幸せそうに微笑むと、ソルは苦笑していた。また人を小馬鹿にしているに違いない。
ベッドは大人二人が並んで寝転ぶには決して十分な広さとは言えない。正直、狭いので退いてほしい。
なのに、こんなに満たされた気分になるのは何故だろう。
理由はよく分からないけれど。
こういう晴天の休日も、偶には良いかもしれない。
「良い部屋だろう?」
掛けられたのは、意外な言葉だった。
カイはその意図を汲みかねて、少し返答に迷う。
無彩色の小さな空間であった。白い清潔なベッド、白い無地のカーテン。灰色の壁、床、ドア。四角の部屋に、四角の窓。差し込む眩しい日光。
「日差しが良い」
ベッドに横たわる年輩の紳士は、穏やかに言葉を重ねる。
ここは総合病院の入院病棟である。南側に面した、明るい個室だった。
「そうですね」
今度はカイも、素直に肯いた。
壮年は国際警察機構に所属する警察官で、カイと部署は違うが同僚に当たる。以前から仕事上で関わりがあり、幾度も世話になった。この度、体の不調から入院したと聞き、見舞いに訪れたのだ。
闘病生活が長引いて、きっと気が滅入っているだろう。そう予想していたが、思ったよりも頼もしい言葉が聞けて、カイは嬉しかった。
「職場の方はどうだい?」
暫く仲間の顔も見ていなくてね。
「相変わらずですよ。異動も激しくて」
「そうか……じゃあ、私の顔を知らない人もいるわけだ」
洒落にもならない話で、互いに笑い合う。
「皆さん、お会いしたがっていました。今日は私が代表です」
カイは制服姿だった。
どれほど多忙でもそんな素振を見せないが、カイが人一倍の激務をこなしている身だとは壮年もよく知っている。恐らく今は休憩時間なのだろう。貴重な時間を割いて会いに来てくれたこの若者に、壮年は心から感謝した。
「早く復帰してほしいですが、どうか無理はなさらないで下さいね」
「そう言ってくれるのは君だけだよ。昨日、同期に『そんな所でサボってないで、仕事しに戻って来い』と通信で言われたばかりなんだ」
それは酷い。カイは本気で辛そうな顔をした。
「有能な貴方が欠けると痛手なのは解りますが――でも、サボるだなんて心外ですよね。寧ろ貴方は、今まで頑張り過ぎたんですよ、きっと」
少しは休養しなさい、という神の意思なのかもしれません。
「組織よりも個人の健康が大切なのは当たり前です。焦ることもおありでしょうが、今はゆっくり療養に専念して下さいね。そして、元気な姿で戻ってきて下さい」
それまでは、仕事は私達に任せて下さいね。
病床に就く者は、激励が時に苦痛になることもある。自然に相手を思い遣ることができる青年らしい言葉だった。
「ありがとう。君も無理はするんじゃないぞ。まだ若いけど、若さを過信して無茶をして倒れたりしないように」
「ご忠告痛み入ります、先輩」
有望な若者は、謹んで頭を下げた。
「キスク君」
不意に名を呼ばれ、カイは「何でしょう?」と顔を上げる。
「前よりも、表情が丸くなったね」
「……そうですか?」
弛んでいるという指摘かと思って内心慌てたカイだったが、どうやらそうではないらしい。
以前よりも精神的に余裕が生まれ、角が取れたということだ。
「きっと、君にとっての『太陽』を見付けたんだね」
『太陽』の存在は、人を強く優しくするものだよ。
「太陽、ですか……」
どうも腑に落ちないといった顔付きのカイを見て、壮年は「いずれ分かるさ」と笑った。
ドアをノックする音が響く。
「どうぞ」
控えめにドアが開くと、小柄な女性が入室してきた。
「紹介するよ。私にとっての『太陽』だ」
壮年はカイにそう告げる。
一目で、その女性が彼の妻だと知れた。カイが鄭重に挨拶すると、彼女は深くお辞儀をした。
清楚で品の良い女性だった。カイの来訪に感謝し、とても喜んでくれた。それから彼女は夫の身の回りを一通り整頓すると、持ち込んだ切花を花瓶に飾り、サイドボードに置く。たったそれだけで、無機質な空間が柔らかくなったと感じるので不思議だ。
ほんの短い時間であったが、三人で他愛無い世間話をした。
ほんの短い時の間に関わっただけだが、夫妻のお互いに対する濃やかな愛情が、その態度に滲み出ているように受け取れた。
ああ、そうか。
カイは、壮年の言う『太陽』の意味を理解した。
彼女に支えられ、彼女の為に生きようとする意思が、病と闘う壮年を前向きにさせているのだ。
――それは、力ではない強さと、甘さではない優しさを与える存在。
あたたかくも切ない想いが、胸にじわりと沁みるのを感じた。
家族って、良いものだな……。
カイは少し寂しそうに微笑んだ。
「……おい」
呼んでみても、反応が無い。
――やけに静かになったかと思ったら、暢気に寝息を立ててやがる。
ソルは心底呆れ顔で、微睡むカイを眺めた。
あの深い色合いの碧眼は、今は瞼の奥に封じられている。少し赤みの差した陽光を弾いて輝く、黄金色の髪。力なく結ばれている、桜色の唇。男性にしては華奢な肩が、規則正しく上下している。
黙っていれば可愛いものだ。
頬に掛かる長めの前髪を退けてやりながら、本人が聞いたら怒号が飛んできそうなことを考える。
人の心を和ませる笑顔であったり。
凛として大人びた表情であったり。
それでも、肩の力を抜いた瞬間、驚くほどあどけない素顔を見せる。
この落差が、何とも面白いと思う。
嘗て、彼を「人形」と評したことがあった。飾り物だとか、予めインプットされた「正義」という名のプログラムを外れては行動できないとか。
しかし今では、それが間違いであったと言い切れる。
カイほど人間味に溢れた者を他に知らないくらいだ。堕ちた身の自分に、ここまで人間らしさを正面からぶつけてくる相手は、他にはいない。
目覚めたら早速、賑やかな小言を聞かされることだろう。
だが、ソルはここで気付いた。
――もしや。
カーテン脱水にかけたままか?
取り付けは自分がしなければならないのか?
夕飯用の食料は揃えてあるんだろうな?
そこまで考え付くと、急に頭が痛くなった。
起こすか?
……いや、やめておこう。
眠っている間に態々フォローしてやるのも癪だが、下手に起こしてガタガタ言われる方が余程面倒だ。
全く、やれやれだ。
不本意だがな、と往生際悪く自分に言い訳しながら起き上がろうとして。
「?」
ふと、右手に抵抗を感じる。
よく見ると、うつ伏せて眠っているカイの手が、ソルの手をしっかりと握っていた。それはもう、絶対に離さないとばかりに頑なに。
「……ガキが」
呆気に取られた後、男は低く喉の奥を鳴らして笑い出す。
もはや、あれこれ慮るのも億劫になってきた。どうせなら、と自分もこのまま昼寝を決め込む。
毒を食らわば皿まで、だ。
少し(かなり)用法が違う気もするが、それはそれ。
全ては今日の晴天の所為にしておくか。
やがて、人々に歓迎された太陽も、暫しの別れの時を迎えようとしていた。
幸せ。
今はとても、幸せ。
眩しい木漏れ日と、人々の笑顔。
夜になれば、家々の窓からあたたかな明かりが零れてきて。
ささやかな人々の幸せを護る為に、自分が少しでも役に立てているのなら、
本当に幸せ。
だけど。
街明かりを通り過ぎて、暗い窓を見上げる時。
誰もいない家に帰ってきた時。
ふと感じる虚しさ。
ちゃんと働く場所があって、ちゃんと寝る場所があって。
こんなに幸せで、こんなに恵まれていて、これ以上望むことは贅沢なのに。
それでも、願わずにはいられない。
いつか「ただいま」と言える日が来ることを。
誰かの為に、ここに帰ってくる日を。
誰も悲しませたくないから、誰とも一緒にはなれないけれど。
それでも、ほんの少しだけ夢を見ることが許されるなら。
今だけでいい。
どうか……そばにいて。
-END-