【BL系ショートストーリー】
アクセルが聖騎士団時代のカイと逢う話。
*-*-*-*-*
「カ~イちゃん」
語尾にハートマークが付きそうなくらい愛情たっぷり込めて、その人を呼んでみる。
どうやら不意打ちだったらしく、その人の顔は瞬時に真っ赤になり、おたおたと視線を泳がせた。
「あはは、カイちゃんユデダコみたーい! もしかして照れてる?」
「違います、いきなり呼ばれたら誰だってビックリします!」
ビックリ? 甘いなぁカイちゃん。俺様の百万ドルの笑顔にヤラレタってコトだよ、それは。
白いテーブルに向かい合って座って。夕食にカイの手料理をご馳走になって。今は食後のティータイム。芳しい香りが優しく包むダイニングルームで、心身共にリラックスできるひと時。
アクセルは相変わらず時の旅人で根無し草、今回も仕事帰りのカイを捕まえると、いつものように「宿貸して~ごはん食べさせて~」と泣き落とし(?)。カイも毎度嫌な顔一つせず家に上げてくれるので、つい甘えてしまう。今や殆ど居候と化していた。
「今日のアクセルさん、何だかご機嫌ですね」
アクセルがにこにこしていると、カイも嬉しそうに笑った。
他人の幸福を素直に喜べる者の顔だ。――あの頃とは違う、暖かい笑顔。
「あっれー? 俺様、カイちゃんに会えたらいつでもゴキゲンなのよ?」
「そうなんですか?」
カイはきょとんとして、それから記憶を探ろうとした。
これに焦ったのはアクセルの方。
「あ、あのね、カイちゃん生真面目に考えすぎ。今の軽~いユーモアなの」
確かに、カイに会えて嬉しいのは本音だが。
「す、すみません。よく冗談が通じないって言われます」
恥ずかしくなって俯くカイ。悪い癖だから直さなければ、とでも考えていそうだ。
「イイってイイって。そこがカイちゃんのイイトコなんだし」
ちょっと天然なトコも含めて、やっぱりこれがカイちゃんだ。
お人好しで、お節介焼きで、他人に優しく自分に厳しい。真面目で、純粋で、時々からかうと反応が妙に可愛くて。
でも、とっても強いんだよね。何と言っても聖騎士団の団長サマだから。
「んにしても、細いねー」
アクセルは遠慮もなくカイの手を取り、じろじろと眺めた。
カイは反射的に手を引っ込めかけたが、相手は親しい友人なので無遠慮も黙認した。
「気にしてるんです」
はぁ、と愁いの溜息。
「いやいや、よくこんな細腕で強力な技がバンバン出せるなってさ」
正直な感心の気持ちがあった。決して戦士として見劣りするという意味ではない。
「対戦じゃ勝ったり負けたりしてるけど、カイちゃんが本気出したら俺様なんか足元にも及ばないんじゃない?」
「そんなことないですよ。勝敗はお互いの実力の結果です」
正論だが、さり気なく気を遣ってくれているような。
「ま、俺様もそこそこイケてるつもりだけどね。だ~けどカイちゃんは特別! 封雷剣まで持ってりゃ鬼に金棒じゃん!」
人類最強と謳われた剣士に、俺様が敵うと思う?
「鬼はともかく……。封雷剣は終戦時にプロテクトが施されましたが、今でも私にとって頼もしい相棒ですね」
ここにきて、カイの口から意外な事実が明らかにされた。
「封雷剣に、プロテクト? 何で? ハンデ?」
つまり、アクセルを始めとする対戦者の殆どは、封雷剣の本来の力を見たことがない?
「だってあの剣、ギア殺し用の兵器ですよ?」
そのまま使ったら危ないじゃないですか。
「……………………」
アクセルは、口を歪に開いたまま硬直してしまった。
あっさりと、見事に、言って退けてくれた。
「でも、今のところ封雷剣のシステム全てが解明されている訳ではありませんから、プロテクトといっても不完全なんです」
もう一度、カイは溜息を吐いた。
「本当は――聖戦が終わった時に、国連へ返却するつもりでした」
複雑な面持ちで、独白のように呟く。
真に望むのは、封雷剣など必要のない時代。
人は、力を争いにしか使えない。力を力で捻じ伏せ、より強大な力を求めて衝突は繰り返される。旧科学が衰退した後も魔法理論に基づく紛争は絶えることなく、禁断の生物兵器・ギアが生み出され、そしてギアを滅ぼす為に神器が開発された。現代も、実態の掴めない組織が水面下で暗躍していると囁かれている。
戦いは、未だ、終わっていないのだ。
「本当に争いをなくす為には、武力そのものを排除しなければならないのかもしれません」
剣を携えたのは『殺す為』ではなく、『終わらせる為』だ。少なくとも、そうでありたい。
「あ、うん。俺様もそれ賛成。殺生キライだもん」
どんな悪党でも、この世に死んでいい奴なんて一人もいない。アクセルの持論である。
武力が存在する限り、殺傷行為はなくならない。誰かが傷付き、誰かが悲しみ、誰かを憎む。悲しみも憎しみも、このままでは永遠に消えない。
「で、プロテクト掛けてでもあの剣持ってんのは、やっぱワケアリ?」
「ええ……色々ありまして……」
「色々ねぇ」
カイが言うと、本当に色々な事があったように聞こえる。
剣を捨てれば、その手を穢さずに済むだろう。見せ掛けの平和主義を掲げることもできる。
だが、もしカイが今のまま剣を捨てたなら?
彼の背後には、多くの民が護られている。それは昔も今も変わらない。民にとってカイは剣であり、盾であり、支えである。それを失ったなら、力を持たない民はどうすればいい?
誰かが、剣となり盾となり、支えとならなくてはいけないのだ。他の誰かがカイの代わりに戦い傷付いていくというのなら、どうしてカイ当人が黙って傍観することができようか。
矛盾している。
武力を手放せないことへの焦燥と葛藤。どれほど長い間、カイを苦しめてきたか知れない。
「そーなんだ……」
勿論、その事だけではないだろう。時世の断片しか知り得ないアクセルには、俄かに理解し難い問題でもある。
それでも。
大戦が終わっても、ギアの親玉が倒されても、この人はまだ苦しんでいる。それだけは、解った。
「――カイちゃんに封雷剣を託した人って、見る目あったんだなぁ」
しみじみと、アクセル。
「え?」
「力の使い方って人それぞれじゃん。武力や魔法の力だけじゃなくて、権力やお金の力も引っ括めてね。命を左右しちゃうくらい大きな力も、ケースバイケースで命を救ったり奪ったりするでしょ? 決定的な差ってのは、力を持ってる人がどう使うかなんじゃない?」
あの時、あの戦場で、アクセルはカイの力を恐れた。
強大な力を有するギアと、それに匹敵する力を持つカイ。ギアとカイの境界線が、あの時、不明瞭になった。
だが、少年は言った。
必ず護ると。
その手を穢さないでと。
そして、必ず――戦いを終わらせると。
大きな力を手にした者は、その殆どが力に踊らされ、人生を狂わされる。欲望のまま力に溺れ、驕りたかぶり、やがて自滅する者もいる。望まぬ力を与えられ、役立てる術を見付けようともせず、嘆くだけの者もいる。
少年は人々を愛し、平和を愛し、それらを護る為に己の力を使った。
武力そのものが罪悪だと言うのなら、力の『正しい』使い方なるものは存在しないのかもしれない。
それでも、アクセルは信じたかった。
哀しいほど一途に真の終戦を願う、カイの生き様を。
「カイちゃんは、間違ってないと思う」
何故カイが『希望』と呼ばれたか。本当の理由が、少し解った気がした。
ただ強い力を持っているとか、多くを統べるカリスマ性を備えているとか、そんなレベルではないのだ。
「俺様、カイちゃんを信じてるから」
だから、自信を持って前に進んでほしい。
「………!」
アクセルの激励に、カイは驚いたように目を見張って。
それから、莞爾と微笑んだ。
「――ありがとうございます」
泣き出しそうな、零れそうな。言葉にしてみればたった一言だけれど、心の底から感謝している。そんな笑顔だった。
アクセルも笑顔で頷いた。少しでもカイの精神的な負担が軽減したのなら、こちらも嬉しい。――自分には、彼を救ってあげるような事は、結局、何も出来ないけれど。
「私、アクセルさんを尊敬しているんです」
カイは、真摯に打ち明けた。
「い? 俺様?」
アクセルがカイを尊敬する事は数あれど、カイに尊敬されるほど立派な事など何かあっただろうか?
「街をギャングの支配から解放した話、して下さいましたよね? 敵味方、一人の死者を出すこともなく」
「……あーあーそーそー!」
漸く思い当たったアクセルは、やたら間延びした肯定を返す。
アクセルが時の漂流者となる直前の出来事だ。今思えば、何と遠い日に感じることか。
「あの時は必死だったから、よく憶えてないんだけどねー。でも、ちっちゃな島国の、一つの街の話だよ? カイちゃんが挑もうとしてる事に比べたら、大したことないと思うけど?」
謙遜ではなく、本心だ。
「いいえ、とても重要な事です。感動したんですよ、あのお話」
「そ、そう?」
そーいや、いつだったか演技を交えてドキュメンタリードラマ風に熱弁したよーな……。
目を輝かせるカイを見ていると、無性に申し訳ない気分になるアクセルであった。
「それまで犠牲者を出さずに紛争解決なんて、本当に出来るものなのかなって思ってましたけど。アクセルさんのお話を聞いてたら、何だか勇気が湧いてきました」
武力ではない、本当の強さの可能性。
「アクセルさんは強いです。私なんかよりずっと。――これからの時代に必要なのは、英雄じゃない。アクセルさんのような人が先駆けとなって活躍してくれたら、きっと世界はもっと素晴らしくなる」
望んでも不可能だと思われた理想郷に、人類はいつか辿り着けるかもしれない。
私も、アクセルさんを見習って頑張ります。
「にゃはは、そこまで言われちゃあねー」
真顔で褒められると、こそばゆいような照れ臭さが先に立つ。
「ま、この俺様が証人になったからには、大船に乗ったつもりでいてよってカンジ?」
「頼もしいです」
残念、アクセルの滅死語に突っ込める者は、ここには居ない。
「カイちゃんも結構ポジティブだよねー」
カイは本当に前向きだ。
いくらアクセルが楽天家とは言え、時の旅はどうにもならない事や理不尽な事ばかりで、無力感に打ちのめされる時もある。そんな折、カイの居る時代に辿り着けたなら。そうと知った瞬間の安堵感は、他の何物にも代え難い。
「諦めた時点で、希望が失われてしまいますし」
「そだね」
だから、逢いたくなる。
カイに逢えたら、何もかも大丈夫な気がする。
アクセルの話で勇気が湧いたと、カイは言ったけれど。人に勇気を与えているのは、きっとカイの方。
一方的に頼り込んで甘えるのではなく、何事も諦めないで、やるだけの事はやってみよう――そんな前向きな強さを与えてくれる。
だが、多分カイも、最初から進歩的であった訳ではないと思う。
あの頃出逢った少年は、まだ原石だったのかもしれない。
時の流れが少しずつ磨き上げた、比類なき輝きを放つ宝石。
本来の優しさは変わらないだろう。しかし、鋭さを逞しさに変え、愁いを自信に変えて、彼は更に魅力的になっていくことだろう。
「アクセルさん」
「なーに?」
何でも言ってよ。今なら何でも聞いてあげちゃう。
「手、離して下さい」
「ありゃ」
そう、実は先程からずっと離していない。
気付かない内に強く握っていたのか、離した時にはカイの白い手に紅く痕が付いてしまっていた。
今一度、アクセルはその手を眺めた。
この細い手で、掴もうとしている未来は。
いつか見た未来は、結末なのか、通過点なのか――今はまだ、何も判らない。
もし、この世に神様が存在するならば。
アクセルは、心から祈る。
彼の手から、これ以上何かを奪わないでほしい、と。
-END-