9/15/2003

『Cross My Heart』 -1-

【BL系ショートストーリー】

アクセルが聖騎士団時代のカイと逢う話。
今回はソル不在かつアクカイ風味…?
ずっと書きたくてもなかなか踏み切れなかった、
『One day』の補足話です。

何だかソルカイ要素ゼロという詐欺な話になってしまいましたが;
でも、カイの過去と現在の間には、ソルとの出会いがあるワケで…。
「封雷剣にリミッター」は書き手の勝手な妄想です。
真に受けないで下さい…ね?<(_ _)>

*-*-*-*-*




 焼け焦げた地表から、ゆらゆらと陽炎が立つ。
 小さく爆ぜながら燻り続ける炎は、それでも一つの戦いの終わりを告げていた。
 濛々たる白煙が一帯を包み隠していたのは先程までの事で、それらが気流によって四散した後に現れたのは、無慈悲な死の世界だった。
 築き上げられた、屍骸の山。
 そこから湧き出し流れゆく、黒い血の河。
 敵も味方もなく。
 ヒトも異形の生物も、一つの地形と化す。
 空には暗雲が垂れ込めている。直に雨になるだろう。
 死肉を喰らう黒鳥が、どこからともなく集まる。甘美な匂いに誘われて無抵抗な餌に貪り付き、本能のままに喰い散らかす。
 これが、勝利というものだ。
 混沌たる有様は一見すれば敗北と大差ないが、しかし勝利には意味がある。勝者だけが、生き残ることを許されるのだ。たとえ一時的な延命に過ぎなかったとしても。
 ギアの侵攻は、聖騎士団の活躍によって食い止められた。付近の街に侵入する直前だった。
「一帯のギアは全て鎮圧しました。これより撤収します」
 凛とした少年の声。
 疲労しきった団員達の顔に、喜びと安堵の色が浮かぶ。彼らは少年の指示に従い、各々の役回りを果たしていった。
 戦いを勝利に導いた指揮官は、まだ幼さの残る顔立ちの美しい少年だった。
 艶やかな金髪も、聡明な碧眼も、戦場に不釣合いなほどの神聖な輝きを放っている。その容姿は、神の使者――天使と呼ぶに相応しい。
 だが、少年は飽くまで戦士であり、誅伐者であった。
 身に纏う白の法衣は血と泥に染まり、僅かに露出した素肌には多くの生傷。そしてその表情には、殺し慣れた者だけが持つ翳が存在した。
 少年の名は、カイ=キスク。後に聖戦時代最後の聖騎士団長となる子供である。
「現在の死傷者と、周囲の被害状況を」
 救護部隊の簡易兵営へ向かいながら、カイは傍らで控える部下に訊ねた。部下は直ちに纏めたばかりの最新情報を報告する。団員の死傷者の具体的な人数と、それから、民間への被害はなかった事を。
 数値で示された現状に対し、カイは表情を動かすことなく、ただ頷いた。
 兵営では、多くの負傷者が収容されていた。軽傷で済んだ者は、救護班に交じり重傷者の救護に当たっている。
 カイは重傷者の一人に歩み寄った。
 出血性ショックにより意識障害を起こし、目はぼんやりと虚ろに開かれている。顔面は蒼白で冷や汗をかき、呼吸は浅く速く、脈拍は弱く速い。極めて危険な状態だ。周りの団員は、彼に声を掛け励ましながら懸命に手当てを続けていた。
 もう、長くはない。誰もが解っていた。
「カイ様、彼の手を握ってあげて下さい」
 救護隊員の言葉に応じ、カイは彼の手を両手で包んだ。
 そして、訥々と語り掛けた。
 それは聖騎士団に伝わる誓言であったか、既に忘れ去られた古き聖句であったか。カイの美しい喉が紡ぐ素朴な言の葉は、限りない慈愛に満ちていた。その声に聞き入り、思わず涙する者もあった。
 間もなく、彼は縡切れた。
 戦場で生きる事は、無惨で無様な死を覚悟する事でもある。実際、誰かに看取られて最期を迎える者は数少ない。皆、独りきりで死んでいくのだ。
 だからこそ、カイは可能な限り仲間の臨終に立ち会い、終戦を願って殉じた者へのせめてもの贐としていた。また、カイ本人が涙を流すことはなかった。
「………」
 慈しみの言葉も止んだ。
 カイは、彼の冷たくなった手を丁寧に置き、胸のロザリオを握り締めた。
 項垂れる姿は、冥福の祈りを捧げているように見える。しかし、涙さえ忘れた少年が、何を思い何を喪失していくのか。それを理解する者はいなかった。
 悲しみ方を知らず途方に暮れる子供は、いつしか心から笑わなくなっていた。
「カイ様」
 団員の一人が話し掛ける。
「どうしました?」
 少年は、冷徹な指揮官の顔に戻っていた。
 そのぞっとするほど透明で美しい容貌に、誰もが息を飲む。
「――あの、先程の『民間の生存者』というのは……」
 団員は絶句しかけるが、辛うじて用件を口にした。
「ええ、幸い怪我はなかったようなので、街まで送り届けました」
 戦場に迷い込んだ一人の民間人。
 報告の通り、今回は民間への被害は出ていない。不幸にも戦の場面に遭遇した『民間の生存者』も、今頃は街で宿を取っているはずだ。
「しかし……妙ではないですか?」
 団員は釈然としない様子で、猶も言い募る。
「何がです?」
 問い返すカイの目は、既に団員の言わんとしている事を見透かしていた。
「一般市民が、無傷で激戦区に近付くなど考えられません。それまでに団員の誰かが目撃していてもおかしくないのに、それもありませんでした」
 まるで、「突然」そこに「出現」したような――
 明らかに不審者だ。場合によっては、身柄を拘束する必要があると。
 だが、カイは首を縦には振らなかった。
「生きていて無事だった。それで良いじゃありませんか」
 はっきりと話す口調はどこまでも穏やかだったが、何かが欠落しているようでもあった。
「カイ様……」
 カイの綺麗な貌から、感情を読み取ることはできなかった。




 時間は僅かに遡る。
 燃え盛る戦火の中、「彼」は現れた。
「わ、っと!」
 毎度、上手く着地するのも一苦労なのだ。
 不気味な浮遊感から解放され、やっと地に足を着いたと思った瞬間だった。「彼」――アクセルは、足を取られてバランスを崩し、危うく転倒しそうになった。
 地面は酷く泥濘るんでいた。
「な、何よココ?」
 火災現場にでも飛ばされたのだろうか。息苦しいほどの熱気と、鼻を突く臭気。視界は悪く、刺激からか目が潤む。そうして自分が煙霧に巻かれていると知った。
(うわ……何かヤバくない?)
 どこに飛ばされたとしても、まずは身の安全を確保する事から始まる。
 両目を擦りながら、足首まで埋まった「生暖かい地面」を見下ろし――
「うわあぁああッ!」
 泥濘の正体を目の当たりにして、アクセルは堪らず悲鳴を上げた。
 足元に在るのは、土ではなかった。柔らかいと思った地面は、千切れた血肉や膏、臓器。白く見えるのは骨片だった。反射的に片足を上げると、そこに生じた空間に空気と漿液が入り込み、グチュ、と湿った音を立てる。何かの死体の上に立っていたのだ。
「うっ……」
 吐気に逆らえず、胃から迫り上がる物を吐き出す。焼け付くような喉の痛みと口内の不快感に耐えながらも、アクセルは必死で「この時代」を把握しようとした。
 改めて、周囲の音が耳に入る。何かが焼ける音、ぶつかり合う音、潰れる音。何人もの雄叫び、人外の生物の咆哮。そして、今自分が踏み付けている、最早原形を留めていない死体。
 間違いない。
 ここは戦場だ。それも、聖戦時代の。
 人類の生き残りを懸けた戦争の最中に放り出されたのだ。
 ならば、アクセルの取るべき行動は決まっている。
(――早く逃げよ!)
 なるべく死体を見ないようにして、今度こそ地面に下り立つ。砂煙が自分の姿を眩ませていることが不幸中の幸いであった。これなら逃げ易い。
 一緒になってバケモノを倒そうだなんて発想はなかった。
 それはアクセルが無責任な人間だからではない。本来この時代に在ってはならない者が歴史の流れに干渉するというリスクの重大さを、彼なりに理解しているつもりだった。
(それに、こんなトコで死んじゃったら元の時代に帰れないもんね)
 完全に思考を切り替えたアクセルは、とにかく戦火とは反対の方角を目指した。
 ソレは、突然襲い掛かってきた。
「うそっ!?」
 行く手を阻むように、地面を突き破って何本もの太い柱が飛び出す。ギアの触手だ。アクセルを獲物と認め、目が付いているかの如く正確に狙ってくる。
 だが、アクセルが鎖鎌を構えるより速く、煌く閃光があった。
 触手を一気に切り裂く青い雷電。楔形の雷撃には見覚えがあった。
 体液を撒き散らして吹き飛ぶ触手を直視できず、アクセルは思わず目を閉じて蹲った。その間、ギアの断末魔の叫びが響き渡る。稲妻は本体をも屠ったようだ。
「大丈夫ですか?」
 見上げると、そこには「後の時代で知り合うはずの」少年が立っていた。
 記憶より声が高くてずっと幼く、また手にしている剣は封雷剣ではないけれど。確かにあの人だ。
 こんな場所で逢うなんて――
 だが、アクセルは彼の名を声に出せず、ぎこちなく頷くだけで精一杯だった。
 初めて会った時から、綺麗な人だと思っていた。内面の清らかさが表れているような人だった。お人好しで、お節介焼きで、他人に優しく自分に厳しい。真面目で、純粋で、時々からかうと反応が妙に可愛くて。
 なのに、今の彼が纏うこの雰囲気はどうだろう。
 どこか中性的な美貌は、幼さが加わることで、まだ成熟しきっていない危うい魅力を放っていた。大きなアクアの瞳は、吸い込まれそうな深みを宿している。
 しかし、それを裏切るのは表情。柔らかさとは程遠く、硬質で冷たい印象を受ける。まるで研ぎ澄まされた剣のよう。美しくも鋭い、刃のようであった。決して敵意を向けられている訳ではないが――寧ろ、そこには好意も敵意も、何も「無かった」。
 アクセルは、後の時代の彼を知っている。知っているはずなのに。
 ――カイちゃん。
 名前が、呼べなかった。
「ここは危険です。早く安全な場所に移動しなければ」
 さあ、立って下さい。
 少年はアクセルに手を差し伸べようとした。
「あ、」
 小さく声を上げたのは少年の方だった。己の手が戦いで穢れていることに気付き、「すみません」と手を拭った。
 それは一時の動作であったが、ほんの少し、慈悲とも悲哀とも言えぬ微笑が彼の顔に浮かんだのを見て、胸を突かれたアクセルだった。しかし何故か、今やっとカイに逢えた気分にもなった。
 再度差し出された細い手を、アクセルは確と取った。
「民間の生存者一名確認。保護します」
 通信機と思われるメダルを開き、カイは短く告げる。通信の向こうからは「了解」との応答。
「走れますか?」
 カイの問い掛けに、アクセルは強く頷く。
「私に続いて下さい。貴方は必ず護ります!」
 二人は炎熱渦巻く征野を駆け抜けた。
 小柄なカイ一人で迫りくるギアを尽く打ち倒し、逃げ道を確保する。アクセルに自分の身は自力で護れるという自負はあったが、その必要もなさそうであった。
(やっぱ強いなぁ)
 鮮やかな剣技で確実にバケモノを仕留めていく姿には、迷いを全く感じさせない。
 これが未来の英雄の実力。
 これだけ強いチカラがあれば、――
「カイちゃ……!」
 無意識にカイを引き止めようとした己の手を、アクセルはぐっと握り締めた。
 ――違う。違うんだ。
 命を奪うチカラなんか無意味だ。より大きな憎しみと悲しみを生むだけだ。
アイツら、ブチのめしちまえよ。
奴が妹を殺ったんだ! 絶対コロシテヤル!
やめろよ、殺り返したら連中と一緒じゃないか!

 解っている。目の前で起こっているのは、小さなスラムの勢力争いなどではない。
 相手はバケモノ。滅ぼさなければ滅ぼされる。少年は人類の未来を背負って闘っている。
 燃え盛る戦火。
 築き上げられた、屍骸の山。
 そこから湧き出し流れゆく、黒い血の河。
 聖戦。
「危ない!」
 鈍い音が響いた。
 両手を広げたカイの肩に、尖った大きな棘が幾つも突き刺さっていた。ギアの攻撃からアクセルを庇ったのだ。
 白い制服に、赤い染みが滲んでいく。
 歯を食い縛って棘を抜くカイ。血相を変えて駆け寄るアクセル。
「俺の所為で」
 意を決し、アクセルは得物を構えた。
 もう歴史への干渉だのタイムパラドックスだの関係ない!
「……嵐に吹かるる民草の前に、我らは盾となり巌となろう……」
 だが、ギアの群に立ち向かおうとするアクセルを、カイは制した。
「下がっていて下さい。貴方は私が護ります。必ず」
 貴方はその手を、穢さないで。
 カイはアクセルの周囲に球状の防御壁を展開させた。淡い緑の光がアクセルを包み込む。
「―――!」
「ギア、お前達の相手は私だ――その目に焼き付けろッ!」
 一声。カイの闘気が一気に高まった。
 身体から自然放出された青い稲妻を纏い、態とギアの視野に入るよう正面から斬り込む。矛先を自分に集中させる為だ。
 法力を込めた一閃で薙ぎ倒された小型ギアが、次々と地面に積み重なっていく。それでもギアに「恐怖」という感覚はないのか(そのように造られている)、怯むことなくカイを襲う。
 戦況はカイが優勢に見えた。が、敵の数が多すぎた。
 取り巻くギア単体の能力は低いものの、カイとて縦横無尽に襲い掛かる攻撃全てを防ぎ切れず、少しずつ押されていく。体力を削られる前に、全てのギアを同時に潰す決定打が必要だった。
「カイ様!」
 数人の聖騎士が援護に駆け付ける。カイは彼らに時間を稼ぐよう指示した。
 その間にカイが唱え始めたのは、魔法科学論に基づき法則化された一連の命令文。アクセルの知る言葉で表するなら「呪文」と呼べるだろう。
 カイの身体を青白い光が包む。輪郭を描くように生まれた光はやがて膨張し、漂う光子が一度引き寄せられ――そして、一斉に空に放たれた。
 実行プログラムの起動。
 大気が唸りを上げる。天が呼応し、雷鳴が轟く。
 渦巻く雷雲によって暗くなった空を白く染め、眩い光が幾筋も降り注いだ。
 遍く罪を浄化する聖なる光。空と大地が光で結ばれ、一つになる。
 壮絶な光景だった。
 光はそのままギアの群を呑み込み、容赦なく破壊した。ギアを貫き、地面を抉る雷光。耳を劈くほどの凄まじい轟音とギアの絶叫が、神々しい様を打ち破るかのように破壊の生々しさを訴えた。
 カイの合図で既に避難していた聖騎士達は、高揚のままに勝ち鬨を上げる。
 アクセルは戦いの勝利を茫然と見つめていた。
 確かに、カイは強い。幾度か手合せしているアクセルも十分認めている。
 でもまさか、ここまでとは。
 カイの方を向くと、彼は静かに佇んでいた。冷たい美貌で。
 そしてカイの唇がこう動くのを、アクセルは見た。
「消えろ、ギア――」




 木々は倒され、草花は焼かれ、抉られた道は既に役を果たしていない。新しく築かれた瓦礫と屍骸の山はまだ十分に熱を持っていて、歩みを誤れば火傷を負いかねない状態だった。
 ギアの群は殲滅した。大戦の終結に一歩近付いたのだ。
 カイは、瓦礫に埋もれた襤褸切れを見付けると十字を切った。それは聖騎士団員の制服。勝利は犠牲者の血肉の上に成り立つ。
 アクセルは畏怖の念を抱かずにはいられなかった。カイの行動が、あまりにも手慣れているように見えたから。殺し慣れ、失い慣れているようにしか見えなかったから。
 今の彼はまだ、封雷剣を持っていない。それでも、あれだけのバケモノを一瞬で殺すだけのチカラがあるのだ。人間なんか簡単に、殺せる。
 この少年が、後に神器・封雷剣を手にする――その意味を改めて思い知り、背筋が凍った。
 不覚にも、恐ろしいと思ってしまったのだ。破壊と死を齎す彼のチカラが。
「恐かったでしょう?」
 戦場の天使の声は、この上なく優しかった。
「………」
 アクセルは黙って俯いていた。目が合わせられなかった。
 何が「恐かった」か。多分、カイは見抜いている。
「街はすぐ近くです。途中までですが、お送りしますよ」
 行きましょう。
 カイはアクセルの隣ではなく、前を歩いた。丁度アクセルに背を向ける形になる。
 相手に背を見せるという行為がどういうことなのか。アクセルが武器を持っていることも含めて、カイはその誠意を示したのだ。
 その優しさ、その覚悟が、余計に辛かった。
「あ、あのさ」
 沈黙の予感に急き立てられて、アクセルは口走っていた。
「はい」
 カイは振り向かずに答えた。アクセルを恐がらせないように。
 が、正直何か言いたい事があった訳でもなく、口籠もる結果となる。
「あー、えーっと、聖戦って、いつ終わるんだろね?」
 出任せの、傍観的で滑稽な質問だという自覚はあった。
 カイは少し黙した。
「いやその、早く終わればいいなーって」
「……私の代で、必ず終わらせます」
 アクセルが慌てて取り繕おうとした所で、カイが答えた。
 揺るぎない決意。アクセルはそれが彼らしいと思い、また実現されることも知っていた。
 だから、続く言葉は自然な流れだった。
「それだけ強かったら、絶対終わらせられるって!」
 少年にとって、どれほど残酷な言葉だっただろう。
 だがカイは、それが民の期待であり己の存在意義であると認め、直向に信じていた。己の傷を欺きながら。
「一日でも早く平和が訪れるよう、尽力します」
 握り締めた拳が微かに震えていたことに、アクセルは気付かなかった。
「だよね! 亡くなった人達の為にも、ね!」
 戦争は無慈悲で惨いもの。もう誰も死んでほしくないから、早く終わってほしい。
 大丈夫。カイちゃんなら絶対、成し遂げられるよ。
「約束します」
 声音には、自信とは異なる厳しさが含まれていた。
 ――だから、今はまだ……悲しみに暮れている場合じゃない……私が彼らの為に出来る事は唯一、『勝つ』事だけ――
 消え入りそうな呟きは、誰の耳にも届かなかった。
「ごめんなさい……」
 ただ、一言。
「え?」
 アクセルは一瞬耳を疑った。
 何故カイが謝るのか。何を謝る必要があるのか。
 それは、深い深い懺悔だったのかもしれない。その小さな肩に、たった独りで背負う十字架を、その重さを。たとえ肉体が朽ちようとも、決して消えることのない罪を。
 カイは初めて振り返った。真っ直ぐアクセルを見つめて、こう言う。
「貴方が無事で良かった」
 まるで死人のように、穏やかで優しい微笑だった。
 アクセルはカイの細身を強く抱き寄せたくなる衝動に駆られた。そこでふと、血に染まった痛々しい肩の傷が目に入り、理性を振り絞って止めた。


 街の入口が見えてきた所で、カイは別れを告げた。
 アクセルは、ここまで来たならカイも報告と凱旋を兼ねて街に入ったらどうかと提案した。勝利を収めた若き英雄を、住民も歓迎するに違いないと説いて。
 カイはそれを柔らかく拒んだ。
 報告は通信で。凱旋はまた改めて。己の身を指差し、「戦場の穢れを街に持ち込む訳にはいかない」と。
 果たして。
 少年は、終戦後の世で自分が生きていくということを、どう捉えているのだろうか。
 自ら悲願した平和な世界に、血に染まり過ぎた我が身を置くことを、単純に良しとする人物とは思えない。
 それともまさか、自分も戦場で死ぬつもりでは――
 いや、そんなはずない。アクセルは戦後のカイに会っている。そんなはず、ない。アクセルは不吉な予感を振り捨てた。
 戦場へと戻っていくカイに手を振ると、彼は丁寧に頭を下げていた。
 遠く小さくなってゆく後姿を、アクセルは最後まで見送った。


 カイちゃん、また逢おう。
 戦争の終わった時代に、必ず。




-To be continued-