【BL系ショートストーリー】
カイとディズィーの会話から始まる話。
ソルは後半で登場。少し裏的表現を含むので要注意。
本文中にイグゼクスの勝ちセリフを引用してみました。
今まで旦那の保護下にいたカイちゃんが、ちょっとステップアップですw
*-*-*-*-*
こんな所で彼女を見かけた時は、正直驚いた。
一見すると只の乱雑とした市場だが、この界隈に屯する者達は皆、臑に疵を持つ連中ばかりで。統制品や売買を禁じられた商品等も出回る物騒な場所なのだ。少なくとも健全な市民が立ち入るような地区ではないと、カイは思っている。
巡回していた折に、ふわふわと揺れる黄色いリボンが目に入った。それが始まり。
明らかにヒトとは異なる後姿。長い尻尾と片方ずつ色の違う翼は、決して飾り物ではない。
周囲の者達は、彼女に猜疑と好奇の視線を注いでいた。遠巻きにするだけで誰も近付こうとしないのは、下手に関与すれば不利益を被るという利己心故の処世訓であろう。
尻尾の先に結ばれた黄色いリボンだけが、ただ無邪気に揺れていて。
カイは何故か不愉快になる。
彼女に、ここの薄汚れた空気は相応しくない。
尤も、現在の所属から考えると、彼女も裏社会の住人だ。寧ろ表通りを闊歩できる立場ではあるまい。
しかし、彼女を包み込む気は人の子より遥かに清浄であったから。周囲が彼女に向ける畏怖の視線が、カイを酷くいたたまれない気分にさせた。何より――カイも嘗ては、異類の存在を冷酷なまでに拒否し、斬り捨ててきた身である。人々の態度が、昔の自分を重ねて見ているようで苦痛だったのだ。
「こんにちは」
だから、敢えて声を掛けた。
すると彼女は、顔見知りとの遭遇に驚き、そして嬉しそうに微笑んだ。
「こんにちは、カイさん」
お使いに来たのだと彼女は話した。
カイは警官で、快賊を名乗る彼女達とは敵対関係にあると、彼女もよく知っている。
だが、彼女は飽くまで屈託がなかった。身を案じて安否を訊ねるカイに、何気ない日常を楽しげに語る。やっと仲間の好きな食べ物を把握できたこと。最近は航空術も少しずつ勉強し始めていること。丁度、久し振りに会った友達に近況を話すような調子で。
カイも過去に快賊団と関わったことがあり、特に倫敦の難民の件では彼らに大きな恩がある。恩だけで彼らの所業を赦す訳にはいかなかったが、互いの立場は別として、頭領の深い人格には一目置いていた。彼女に対しても、警官としてではなく一人の知人として接しているつもりだ。親しく話してくれる彼女に、ここで罪状だの何だの野暮な話題を持ち出す気はない。
何より、彼女が幸せそうで嬉しかった。
彼女が今、どれだけ幸せか。その笑顔を見れば判る。幸せや喜びを表情や言葉で表すことで、今の環境への素直な感謝を伝えている。見ているカイも心があたたまるのを感じた。
望まぬ力によって誰かを傷付けることしかできず、いつも嘆いていた少女が、こんなにも眩しく笑うようになった。
「だいぶ自制が効くようになったようですね、よかった」
彼女は力の暴走を最も恐れていた。その為に人目を避け、独りぼっちで生きてきたのだから。
何しろ、こんな人通りの多い場所にいたら、初めの頃は翼が「黙ってはいなかった」。翼がおとなしく翼のままで在るというだけでも随分進歩したと言える。
「はい。カイさんのお陰で、私に出来ることは何か、ちょっとずつ解ってきました」
人類に無害な自立型ギアに纏わる一連の事件が終結してから、まだそれほど経過していない。樹海の奥で彼女とカイが闘ったのも、然程昔の話ではなかった。
敗れ、見失い、改めて決意した闘いを経て、カイが新たに働き掛けた事がある。
まずは、事態の収拾に向けての情報整理。当該ギアが完全に破壊された事の立証と、国連や各機関への通告。ギアの消息に関するリークを防ぐ為の証拠湮滅。事実を捏造したことによって生じる混乱への対処。――表立って名が挙がることはないが、事後処理に於けるカイの功績は大きかった。
が、実際にやった事といえば、要するに公の立場を利用した隠蔽工作だ。これらが倫理に背く行動であることは否まない。もし不届きが表沙汰になった場合、正当な制裁を受ける覚悟はある。それでも――皆の、そして、彼女の笑顔を護りたい――これが、カイの選んだ『正義』であった。
それと、もう一つ。
強大な力を持つ意味と責任を、彼女に知ってもらうこと。
力は、使い方を誤れば恐ろしい結果を招く。それはカイも彼女も痛切に理解している。故にカイは、自分の意思で力を制御する必要性を説いた。力を一方的に否定するのではなく、上手に付き合っていく方法を。
逃げていては何も変わらないから。
『その力で、皆を助けることを考えて下さい』
新しい環境で暮らすことになった彼女に、カイが贈った言葉。
少しずつで良い。やっと巡り会えた大切な仲間達を助ける為に、自分には何が出来るか。それを考えてほしい。
空が飛べるから、お使いも便利。そんな小さなことから始めれば良い。仲間が喜ぶことを少しずつ積み重ねて。それが、やがて己の存在価値を見出すことに繋がるから。力の役立て方を知り、生きる目標と自信を得て。そうして、いつか力を失ったとしても、利害ではない大切なものが残るから。
カイの真摯な訴えに、最初は自信がないと言った彼女も、次第に積極的に取り組むようになった。以前より暴走が少なくなったのは、きっと恐れや悲しみといった負の感情が薄れた所為もあるだろう。
結局、カイにとっての自己満足に過ぎないけれど。結果的に彼女が希望を持ってくれたなら、それで良かった。
「新鮮な野菜や果物を買って帰ると、皆喜んでくれるんです。船にはあまり保存の利かない食べ物を置けませんし」
「それは素晴らしいですね。貴女にしか出来ないことですよ」
空で生活する者の事情には詳しくないが、やはり巨大な飛空艇を頻繁に停泊させる訳にはいかないのだろう。連絡船として用意されている小型艇を離着陸させる手間も考慮すると、彼女の役割は大きいに違いない。
ただ、飛行には役立つ翼だが、街中ではどうしても目立つ。
折角ここまで慣れてきたのだから、あとは……。
「尻尾と翼も上手く隠せるようになれば問題ないのですが」
大事なのは外見ではないけれど。一生懸命努力している彼女が人々に奇異の目で見られるのは、あまりにも不憫に思えた。
「あ……は、はい……」
彼女は少し吃った。周囲をキョロキョロと見回し、羽も尾もない人々と自分とを見比べて。
先程とは様子が違うので、気を悪くしたのではないかとカイは心配になった。未だ翼や尻尾を上手く隠せていないことに焦っているのだろうか。「どうしました?」と訊ねると、言い難そうに口籠もる。何か言いたいことがあるのに勇気が出ないらしい。カイは無理に聞き出そうとはせず、穏やかに、辛抱強く待った。
かなり躊躇った後、彼女はこう切り出した。
「やっぱり……隠さなきゃダメですか?」
紅い瞳が、不安げに揺らめく。
「色々考えてみたんですけど……尻尾も羽も、私の一部なんです。だから、その……皆さんと本当に仲良くする為に、ありのままの私を見てもらいたいんです」
カイは絶句した。
黄色いリボンは相変わらず、無邪気に存在を主張している。
「あ、あの、力をコントロールするのは大切って思ってます! 必ずちゃんと出来るようにしますから!」
カイさんの意見が嫌とかじゃなくって、えっと、えっと……。
温和な青年の表情が急に硬くなったので、彼女は混乱してしまった。泣き出しそうに顔を歪めながらも、必死で思いを伝えようとする。対立したいのではなく、分かり合いたいだけだと。
そこでカイは平静を取り戻した。軽くかぶりを振って、惑いを振り切る。
――お前がこんな様でどうする、カイ。
人間に迫害され続けた彼女は、己の存在・意思を拒絶されることへの脅えを、潜在的に拭えないでいる。それを打ち解けさせるのが一番の願いではなかったか。これ以上、悲しんでほしくない。
――お前にも、覚えがあるだろう?
だからカイは、可能な限りの優しい微笑みを作った。
「努力はきっと報われます。理解のない人達もいるでしょうけど、諦めずに頑張って下さい。私も協力します」
言葉は本心だったけれど。動揺からくるぎこちなさを上手く取り繕えていたかどうかは分からない。
なのに彼女は。
「はい! ありがとうございます!」
喜びに満ちた素直な笑顔で、感謝の言葉を口にした。
「では、そろそろ戻りますね」
カイは無難な挨拶で話を切り上げた。傷付けないように、不自然にならないように、彼女に背を向ける。
今一度、彼女はカイを呼び止めた。
「また、会ってくれますか?」
少しだけ上目遣いで、おずおずと訊ねる。
カイは振り向き、柔らかく頷いた。
「……貴女が望むなら、喜んで」
彼女の純真さは、残酷に、カイを奈落の底から救い出した。
雑踏を掻き分け、カイは足早に歩いた。一刻も早くこの場から立ち去りたかった。
彼女の無垢な心が眩しすぎて。――これ以上、留まっていられなかった。
「馬鹿だ、私は」
音にならない声で何度も呟く。唇を震わせ、拳を握り締めた。
(何て愚かなことを言ってしまったんだ……)
自由。平穏。幸福。人に当然として与えられる権利を、人として生きようとする彼女も手にしてほしい。そう願ったはずだ。
それなのに、何を思い違いしたのだろう。
翼をもぎ、尾を斬り落とせば、彼女は人間になれるとでも? そうすれば、幸福になれると?
彼女を人間側の都合に当て嵌めようとした。人間の枠組みに捕らえ、彼女の個性を潰せと言った!
合わせる顔がない。
別れ際に再会の約束をしていなければ、当分の間彼女を避けていたかもしれない。
己の浅はかさが、恥ずかしかった。
-To be continued-