3/14/2004

『Steady Knight』 -2-

【BL系ショートストーリー】

9999HIT・斉木imo様のキリリクです。お題は「ソルに甘えまくるカイ」
ソルがカイの騎士に?高級ホテルは二人の貸切で❤

*-*-*-*-*




 その日以来、殆ど会話を交わさなくなった。
 文字通り「契約」として傍らに控えるだけで、必要以上の遣り取りはない。
 カイもあれから突き詰めてはこない。案外、何も感じていないのかもしれない。
 それならそれで良い。面倒なのは御免だ。
 慣れとは恐ろしいもので、忙殺スケジュールへの対処も次第に板に付いてきた。かの柔らかすぎる(座ると埋もれる)ソファも、ちょうど良い按配の形状で安定することが判り、それなりに寛げている。
 何事もない夜は暇だ。何度かカイの緊急任務とやらで夜中に叩き起こされたりもしたが、今夜は至って静かである。
 ソルは徐に目を閉じる。
 眠りへの欲求は習慣的なもの、つまり「名残」だ。眠らなくとも特に支障はない。ヘッドギアを外せば、睡眠・休息といった行動すら忘れてしまえるだろう。暇なので眠る、その程度だ。飲酒や喫煙も同様。
 カイは既に就寝。寝室を共用すると多少問題があるということで、毎夜隣室のソファで待機している。――それにしても、暇だ。
「―――?」
 何か、物音がした。
 外部干渉ではない。例えるなら置物を少しずらすような、生活音レベルの。ただ、坊やの寝返りにしてはやや硬質で。
 ソルは起き上がった。
 気配を殺し、寝室のドアを開ける。天蓋付きのベッドは綺麗に整えられていて、誰かが眠った形跡はない。
 おかしい。
 本人は眠っているはずだが。寝室を見回し、そして漸くカイの姿を確認した。
 彼はベッドではなく、壁を背に座り込んで眠っていた。
 その腕に抱えるものは、封雷剣。物音の正体は剣と壁が擦れた音ということ。
 ――しかも、この姿。
 どこかで見覚えがある。剣を抱いて眠る姿勢は――ああ、聖騎士の頃の野営か。
(何やってんだコイツは)
 呆れた奴だ。こんな時に、こんな場所で、戦時の再現とは。
 今は大人しく護られていれば良いのだ。ベッドに運んでやろうと、静かに眠り続けるカイへと近寄る。
 刹那。
 空を切り裂く、鋭い気配。
 封雷剣は置き去りで、カイの姿が消えた。同時、ソルは頸部に圧迫感を覚える。
 一瞬で背後に回り込んだカイのその腕が、ソルの喉を締め上げていた。力を加えれば首を折れる体勢。もしソルが反射的に動いていたら、お互い無事では済まなかっただろう。
「物騒だな」
 腕、下ろせ。
 短く告げると、カイはすぐに腕を解いた。
「……なんだ、ソルか……。驚かせるな」
 敢えて武器を手離し体術に切り替えたのは、寧ろギアではなく対人用の戦術だ。動作の制限される屋内に於いて、長身の剣は一種のカモフラージュだったのかもしれない。聖騎士ごっこを繰り返しているようでいて、中身は現役の警官ということか。
 一応、その覚悟は認めるとしよう。
「神器を抱き枕にする奴は初めて見たぜ」
 認めるが、本当に呆れた奴だ。
「抱き――?? おかしな言い方をするな。襲撃への備えだ」
 カイにとっては然るべき行動だったようだ。口調に妙な自信が窺える。
 結局、一方的に護られる側ではおれないらしい。あまりの坊やらしさに、つい笑えてしまう。
「何故笑う」
 笑われる筋合いはないと、カイは剥れる。
「馬鹿が。態々床で寝る奴があるか」
 本当に、呆れた奴だ。
 ソルは一層笑みを深くする。が、カイはそれ以上腹を立てるでもなく、立て掛けてあった封雷剣を手に取った。
「手元に剣があった方が……落ち着く」
 さすがに床で眠るのは行き過ぎだと気付いたのか、剣はベッドサイドに移した。
 傍らに武器がないと安意できないとは。かなりの精神的依存と思うが、永く戦い続けたソルにも全く理解不能という訳ではない。
 それでも、人間の肉体には、間違いなく休息が必要で。
「隣の部屋に居る」
 非常時には必ず駆け付ける。安心して寝てろ。
 そう切言し、ソルは踵を返す。
「ソル」
 少し耳慣れた、その呼び名。
 ソルは足を止めた。
 二人、顔を合わせないまま。
「――……まだ……怒ってる……?」
 やっと絞り出された声は小さく、微かに震えていた。
 振り向いたのはソルの方だった。
 そうだ。
 常に周囲を気に掛けるカイが、ソルの態度に不安を感じていないはずがないのだ。ただ、平静を装うことに長けているだけで。
 何かにじっと耐えるように立ち尽くすその背は、強固な盾のようでもあり、不動の城壁のようでもある。だが、表面上の安定は彼の内面の不安定さを庇護する手段なのだと。冷静な言動や柔和な微笑みの裏に、どれだけの涙が隠されているか知れない。
 危うく、またコイツの仮面に騙されるところだった。
「下らねぇな」
 その普段より幾分静穏な響きが、カイに赦しを与えたのだろうか。カイの肩がひくんと揺れた。
「で、どうしてほしいんだ」
 少し先回りして続きを促す。そうでもしないと、カイは口を割らない。
 ガタガタ文句を言う時よりもあっさり折れる時の方が、坊やは厄介だ――そう、いつも通り口煩く突っ掛かってくれば良い。
「………」
「お前は、何を望む?」
 剣を手離し、穏やかな眠りに就く為に。
 何をしたいとか、どうしてほしいとか。カイが自分の為に望むこと。
 誰にでもできるようでいて、実は一番肝心なことを、何故かカイは素直にできないでいる。憎まれ口は平気で叩くくせに、だ。
 恐る恐る、といった感じでカイが振り向いた。不安と戸惑いと、どこか臆病ささえ覗かせる相好は、彼を齢以上に幼く見せた。
「……その……肩、貸してくれないか……?」
 一瞬の沈黙の後。
 ソルは呵々と笑い出していた。カイの憂惧など打ち壊してしまうかのように。いつもの、癪に障る声で。
「だから笑うな! もういい!」
 当然カイは不貞腐れ、「言うんじゃなかった!」と外方を向く。
 やれやれだ。
「何の為のボディガードだ、と言ったな」
 笑声を収めたソルは、どかりとベッドに座り込んだ。それから。
「来な」
 挑発するように指先で招く。
 すると、今度は言い出した本人が狼狽え始めた。
「え、えっと……」
「マトモに眠らねぇと持たねぇだろ」
 ギアと違って。
 その皮肉な発言にカイの表情が悲痛さを帯びたが、敢えてソルは見ぬ振りをした。
「――っ!」
 躊躇いがちに近付いた身体をやや強引に抱き込むと、カイは小さく息を呑む。
 やはり細い。
 己の矮小さに自覚がない訳ではないだろう。だからこそ、精一杯両手を広げて、強くあろうとするのだ。
 強く。愛する「みんな」を護れるように。己ではない誰かを、護れるように――
「ここにいる」
 口を衝いて出た言葉に、大した意味はない。
 カイは無言で、こくりと頷く。暫く身を強張らせていたが、次第に体重を預けていった。ソルの胸に凭れ、ほんの少し、頬を摺り寄せるようにして。
 周囲への警戒を解き放ち、全てソルに委ねて安心しきっていることが、その幼気な表情や仕種から伝わってくる。
 カイにはもう少し、心から安らぐ時間があっても良いだろう。そして、これほど無防備な姿を曝け出すのが、この腕の中だけなのだとしたら。
 それも悪くない。
 程なくして、カイは眠りに落ちる。二人の鼓動と呼吸音だけが、静かな部屋に響いた。

 そう、今は眠れ。
 懼れることなど、何もないのだから。




 微かな振動によって、静寂は破られた。
 セキュリティシステムに反応がないのは奇妙だったが、異常を告げる直感に二人は従った。
 ぱらりと、天井から塵が舞い落ちる――轟音と共に天井が崩れ落ちたのと、二人が反対方向に飛び退ったのと、ほぼ同時であった。
 一瞬にして煙塵に覆われる室内。二人がいた場所には、先程までにはない一個の影が存在していた。大きさはちょうど人間一人程度。
「漸く現れたな……」
 カイが呟く。静かに、それでいて待ち侘びたような歓喜を含めて。
 煙と埃の中、徐々に輪郭を現してゆくそれは、酷く見慣れたはずのもの。
「命を狙われるってな、コレかよ……」
 ソルの方は――一気に脱力感を味わっていた。
 くすんだ白地に青いラインの特徴的な制服。神器を模した長剣。やや陳腐な金髪。本当に光っている目(?)。
 セキュリティシステムが侵入者を心音か何かで感知しているのなら、確かに「コレ」は問題外である。
「逃ゲ場ハ無イゾ」
「お互いだ」
 片や、当事者達は火花を散らす勢いで対峙していた。
 カイと、カイを模したそれと。
 ソルは交互に見比べた。依頼を受けた時点で粗方予想はついていたが、地で行かれると盛り下がりもする。
(さて、帰るか……)
 本気でそう考えた時。
「ますたふぁいる照合。管理No.xxxx、No.xxxx、二件該当、おりじなる一致。直チニ駆除処理実行!!」
 けたたましい爆音。何体もの機械人形が降ってきた。
「死ネ!!!」
 壁を突き破り、窓を吹っ飛ばして、更に増える、増える、増える。
「何やらかした!?」
 ソルは機械人形を蹴散らしながら――普段は滅多にないことだが――カイに向かって叫んだ。
 奴らに目を付けられるような事でもしたのか!?という意である。
「ちょっと、な」
 同じく傀儡群を薙ぎ倒しつつ、カイは平然と答えた。
(ちょっとじゃねぇだろコレは!)
 金属で装甲されたそれは、硬い。剣が命中する度にガンッと耳障りな音を立てる。時々、発達した聴覚を麻痺させる。ソルには不快そのものだった。
 無尽に襲い掛かってくる機械人形は、天井、壁、調度品を尽く破壊し、同士討ちも度外視だ。双方入り乱れての白兵戦となった。
 そして一旦、二人が背中を合わせた際。
「うぜぇ……」
 何気ないソルのぼやきに、
「同感」
 カイが即答。
 意外な相槌が返り、ソルは唖然としてカイを見遣った。
「今回は、何体仕留められるだろうな?」
 カイ、とんでもないことを言う。
「――お前、端からその気で」
 ソル、絶句。
 頼まれたのは護衛のはずであったが。実は、奴らを誘き寄せておいて一気に叩くつもりだったのだ――要するに、大掃除するから手伝えと?
 カイは楽しそうに笑みを見せた。確信犯だ。
(坊や、マジギレしてやがる……)
 どうやらこの機械人形達、坊やの逆鱗に触れたらしかった。
「ハッ、上等」
 そうなら最初からそう話せば良いものを。
 敵方は数に物を言わせて潰そうとしてくる。それを、たった二人で応戦する。
 機械人形の中枢には、何千、何万の戦闘パターンファイルが格納されているようだ。戦術や反応でどの時期のカイを模倣したのか、調べればすぐ明らかになることだろう。
 だが、カイも昔とは違う。
 常に変化の可能性を秘めるもの、それが人間であり、生命なのだ。そこに「完成」や「完璧」という言葉はない。
 もし連中が「完成」を目指しているのなら、その時点で成長の可能性は消失する。
「もらった!!」
「落ちろ!!」
 二人は示し合わせた訳ではなかった。一方が浮かせる、もう一方が拾うように追撃する。技を放ち、次を繰り出すまでの間、他方が前衛へ。法撃の煽りを的確に回避するのは勿論のこと、利用すれば盾になり、上手く技を乗せれば相乗効果を生む。
 炎と雷の連携は、互いの隙と死角を全て裨補した。
 機械人形はカイという高い個人能力を持つ者の贋製でありながら、何体集まっても戦法が変わらなかった。同一人物を複数配置した場合の戦闘パターンファイルを持ち合わせていない証拠である。
 当たり前だ。人は誰しも、二人と存在しないのだから。
「キリがねぇな……」
 壊しても壊しても、それでも次々と湧いてくる人形群に、そろそろうんざりしてくる。
 大破した窓から強風が吹き込み、立ち込める煙塵を追い出していく。少し視界が晴れると、同じ物が大量に積み重なっている様が露になった。
 大量の――カイの死体。
「………」
 決して、本人と見紛ったのではない。
 同質同形の人形が大量に、しかも激しく破損した状態で打ち捨てられている、その不気味さと。
 それと、何故か――底知れぬ怒りを、ソルは感じていた。
(目障りだ……)
 既に動かなくなったそれらを、ソルは烈火でもって焼き払う。二度と目に触れぬよう、跡形もなく。
 建物には疾うに炎が回っており、徐々に足場が失われつつある。しかし、相手は火の手などお構いなしに突っ込んでくる。ソルにも耐性がある。――生身のカイは?
 炎に包まれる中。カイは身軽に瓦礫を飛び移り、上を目指していた。
 そして。
 屋上に辿り着くと、構えていた剣先を下ろしたのだった。
「!!?」
 ソルは息を呑んだ。ここで初めて、戦慄を覚える。
 敵はまだ残っている。なのにカイは、まるで戦闘を放棄したかのように佇んでいて。
 じわじわと、機械人形の群に追い詰められてゆく。
「何、してる」
 ソルが追おうとした時、カイはそれを留めるように視線を寄越してきた。

 後は、頼む。

 カイは微笑んでいた。どこか透明な微笑を残して、再び向き直る。
「おい……」
 彼は一歩一歩後退り、ついに建物の先端へと至る。背後には、虚空。
 火の粉が舞い散り、熱風が彼の髪を揺らす。煙霧が昇り、夜空に放たれ、夜風によって遠くへ運び去られる。
 足下には、炎の海。その頭上、漆黒の夜空。
「――検索――該当ぱたーんナシ。新規作成、新規――」
「今のデータも収集すればいい。ただし、二度と通用する保障はないが」
 その言葉を最後に、カイの身体は夜空へ吸い込まれていった。
 あまりに、呆気なく。
 ぽっかりと穴が空いたように、彼は消えた。
 最初からそこに存在しなかった。そう思えるほどに。
 ――彼が屋上から身を投げたと認知するまでに、一刹那の間を要した。
「追跡!」
 機械人形が一斉に動き出す。
「させるか!」
 ソルは瓦礫を蹴って距離を詰め、カイに続こうとする人形を粉砕した。
 連中に拳を叩き込む傍らで、空間の未知関数を演算する。従属変数と、勾配と。法力セキュリティシステムとの拮抗作用、効力範囲、発生時間。
 ここは殆ど貸切だと、カイは話していたが。
 人を遠ざけたのは、何もカイ本人の護身の為ではなかったのだ。
「下らねぇ細工しやがって」
 ソルを妨害者と判断した機械人形が、矛先をソルに向け始める。一体がターゲットを設定すると、残りも追従してきた。同じ形、同じ顔、同じ行動。
「――失せろッッ!!!」
 傀儡の群がる中心、ソルはその法力を一気に解放した。




-To be continued-