3/25/2008

前に私が首を吊った桜の木を、慰霊して撤去してから一年。
当時の日記には、こう記されてた。

 手入れしてた人が亡くなってから荒れ放題だった奥庭も、
 虚しいくらい見晴らしが良くなり、改めてその広さに驚いたものです。

 不気味なほど綺麗な花が咲く桜の木が恐ろしかったのですが、
 いざ無くなってみると…何故か、心の片割れを失ったかのように
 理由もない虚しさばかり…今も、残っています。

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今年もまた、もう無いはずの桜に呼ばれてる気がする。
きっと、何年経っても。

 数年前。3/30の出来事。
 そうか、君はまだ気付いてないんだね。
 自分が死んだコトに。

この時期、示し合わせたかのように
体調や情緒に狂いや歪みが生じるのは、
どうやら血縁者の中でも私だけらしい。

桜の守人も、桜の木も、既に存在しない過去の面影。
縛り付けるものは、もう何もないというのに。

肉体でも精神でもない「魂」という存在を、私は信じてる。
私の脚がまだ自由だった頃、ボイトレの先生の師匠に
初対面で「よく転んだり、脚の怪我とかしない?」と訊かれた。
(その人はスピリチュアル方面にも詳しかった)
確かに何もないトコで転んだりはしたけれど、
当時は骨折の経験もなく、両脚共に健常だった。
けれど、今は……。

 あんなに憎かったのに、笑顔しか思い出せないよ。

私はあの日、魂の一部が持ち去られたのかもしれない。
その善し悪しは別として。